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平成時代の理解度テスト
39つの詳細学習トピックにある195問から、毎回10問を出題します。 各トピックからなるべく均等に選ぶため、時代全体の理解を確認できます。
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理解度テスト
詳細トピックの確認問題から、トピックが偏りすぎないように10問をランダムで出題します。
0 / 10 問回答
1989年1月の平成改元によって、リクルート事件や消費税をめぐる昭和末の政治課題も区切られ、新しい争点へ置き換わった。
改元は時代区分の重要な目印ですが、リクルート事件への追及や消費税をめぐる対立は平成初年へそのまま続きました。
出題元の学習トピックを確認する消費税は1988年に導入が決まり、1989年4月1日に税率3%で実際に施行された。
法律成立による導入決定は昭和63年、施行は平成元年4月1日です。決定と施行の時期を区別する必要があります。
出題元の学習トピックを確認する1989年参院選で自民党が大敗した理由は消費税への反発だけであり、リクルート事件後の政治不信や宇野内閣への評価は選挙結果とほぼ無関係だった。
消費税への反発に加え、昭和末以来の政治不信や宇野内閣への評価など複数の要因が重なった選挙として捉える必要があります。
出題元の学習トピックを確認する1989年参院選で自民党は参議院の過半数を失ったが、衆議院を基礎とする自民党政権そのものが同時に終わったわけではない。
参議院で単独過半数を失い国会運営は難しくなりましたが、その後も海部内閣が自民党を中心に成立し、政権は続きました。
出題元の学習トピックを確認する1989年参院選で自民党が参議院の過半数を失った時点で、自民党は政権を離れ、55年体制もその場で終わった。
1989年は長期政権の安定性が揺らいだ転換点ですが、自民党が政権を離れるのは1993年です。55年体制の終焉と同一視できません。
出題元の学習トピックを確認する冷戦体制が終結へ向かったことは、国際紛争そのものがなくなったことを意味せず、1990年にはイラクのクウェート侵攻から湾岸危機が起きた。
1989〜1991年に冷戦秩序は崩れましたが、1990年には湾岸危機が発生しました。冷戦終結と国際紛争の消滅は同義ではありません。
出題元の学習トピックを確認する日本の湾岸危機後の対応は1992年のPKO協力法成立まで資金拠出だけに限られ、自衛隊による人的活動は一度も行われなかった。
大規模な資金協力に加え、1991年には湾岸戦争停戦後のペルシャ湾へ海上自衛隊の掃海部隊が派遣されました。
出題元の学習トピックを確認する1991年のペルシャ湾掃海部隊派遣は、湾岸戦争の戦闘中に多国籍軍へ加わって戦闘作戦へ参加したものだった。
掃海部隊の派遣決定は戦闘終了後で、正式停戦後の残存機雷除去として実施されました。多国籍軍の戦闘作戦への参加ではありません。
出題元の学習トピックを確認する1992年のPKO協力法は、自衛隊の海外活動を無条件に認める制度ではなく、停戦合意や当事者の同意、中立性などを柱とする参加原則の下で国連PKOなどへの協力を制度化した。
PKO参加には参加5原則が設けられました。法律成立を、海外で無制限に武力行使できるようになったことと理解してはいけません。
出題元の学習トピックを確認する1991年のペルシャ湾掃海と1992年のカンボジアPKO参加は、どちらもPKO協力法に基づいて実施された同じ制度上の派遣だった。
ペルシャ湾掃海はPKO協力法成立前に個別に実施され、カンボジアPKOは新しく成立した国際平和協力法を根拠に行われました。
出題元の学習トピックを確認する日経平均株価は1989年末の高値後に1990年から大きく下落し、地価も1991年ごろから本格的な下落局面へ入った。
株価と地価は同じ一日に崩れたのではなく、株価が先に急落し、地価は地域差を伴いながら1991年ごろから本格下落しました。
出題元の学習トピックを確認する1990年の不動産向け融資総量規制だけでバブル崩壊の原因を十分に説明でき、金融引締めや期待の変化、過剰投資の反動を考える必要はない。
総量規制は重要な政策要因ですが、金融引締め、地価対策、期待の変化、過剰な融資・投資の反動など複数要因が重なりました。
出題元の学習トピックを確認する土地や株式などの資産価格が下落しても借入元本は自動的には減らないため、担保価値の低下と債務の残存が不良債権問題につながった。
資産価値が目減りしても債務は残ります。返済困難が増えることで、企業の負債問題が金融機関の不良債権問題へ波及しました。
出題元の学習トピックを確認する不良債権が増えると、企業は新規投資を増やし、銀行も新規融資を積極化するため、景気回復を早める方向に働いた。
企業は債務返済や資産整理を優先し、金融機関もリスクを取る余力が弱まりました。投資と融資の縮小が景気回復を遅らせました。
出題元の学習トピックを確認する日本銀行が1991年に金融緩和へ転じ、政府が1992年以降に景気対策を行うと、不良債権問題は短期間で解消し、1990年代の低成長もすぐに終わった。
金融緩和や景気対策は景気を下支えしましたが、バランスシート調整と不良債権問題は長く残り、1990年代の低成長が長期化しました。
出題元の学習トピックを確認する1989年の合計特殊出生率1.57は、日本で少子化がその年に初めて始まったことを示す数字だった。
出生率の低下は1970年代半ばから続いていました。1.57ショックは、長期的な低下が政策課題として強く可視化された出来事です。
出題元の学習トピックを確認する出生率低下の背景には晩婚化・未婚化だけでなく、仕事と育児の両立、育児負担、住宅や子育て費用など複数の社会条件が関わっていた。
結婚・出産の選択は価値観だけではなく、雇用、家庭内役割分担、保育、住居、所得など多くの社会条件と結び付いていました。
出題元の学習トピックを確認する少子化対策の目的は出生数を増やすことだけに限定され、仕事と子育てを両立しやすくする環境整備は政策目的に含まれていなかった。
政府は、子どもを持ちたい人が希望を実現しやすく、安心して生み育てられる環境を整えることも重要な目的としていました。
出題元の学習トピックを確認する1994年のエンゼルプランは保育だけでなく、雇用環境、母子保健、住宅、教育、子育て費用などを含む総合的な支援を対象とした。
エンゼルプランは4大臣合意で策定され、仕事と育児の両立や保育に加え、住宅・教育・母子保健・経済的負担など幅広い分野を扱いました。
出題元の学習トピックを確認するエンゼルプラン策定後、合計特殊出生率はすぐに反転上昇し、1990年代末には少子化対策を拡充する必要がなくなった。
出生率低下は続き、1999年には1.34となりました。政府は新エンゼルプランなどへ政策を拡充していきました。
出題元の学習トピックを確認する1990年代初めの政治改革論は選挙制度の変更だけを対象とし、政治資金や政党のあり方は論点に含まれていなかった。
中選挙区制への批判は重要でしたが、政治資金や政党のあり方を含む複数の改革論が競合していました。
出題元の学習トピックを確認する1993年6月の宮澤内閣不信任決議では自民党の一部議員も賛成し、その後の衆議院解散と新生党・新党さきがけの結成へつながった。
政治改革をめぐる党内対立の中で不信任案が可決され、解散後に自民党から複数の新党が分離しました。
出題元の学習トピックを確認する1993年総選挙では自民党が第1党の地位を保ったまま過半数を失い、複数の非自民政党が連立すれば多数を確保できる議席構成になった。
自民党は223議席で最大政党でしたが過半数には届かず、非自民各党の連立が政権交代を可能にしました。
出題元の学習トピックを確認する細川連立政権を構成した政党は外交・安全保障や社会政策まで同じ立場だったわけではなく、政治改革などの共通目標を優先して連立した。
連立各党には政策上の違いがありましたが、自民党単独政権を終わらせ政治改革を進めることを共通課題として政権を組みました。
出題元の学習トピックを確認する1993年に55年体制が終わったことで自民党は政党として消滅し、その後は与党へ復帰しなかった。
55年体制の終焉は自民党の消滅ではありません。自民党は第1党を維持し、1994年には連立与党として政権へ復帰しました。
出題元の学習トピックを確認する1994年の政治改革は衆議院の選挙制度変更だけでなく、政治資金規制の見直しや政党助成制度の導入も含んでいた。
政治改革関連法では公職選挙法だけでなく政治資金規正法も改正され、政党助成法も制定されました。選挙と政治資金を組み合わせた改革でした。
出題元の学習トピックを確認する小選挙区比例代表並立制では衆議院議員の全員を小選挙区だけで選び、比例代表は政党支持率を示す参考投票にすぎなかった。
小選挙区と比例代表の双方で議員を選び、有権者は候補者と政党にそれぞれ投票します。比例代表も実際の議席配分に使われます。
出題元の学習トピックを確認する1990年代の政党再編には新しい選挙制度だけでなく、連立参加の判断や政策対立、党内対立なども影響した。
制度変更は政党集約を促す一因でしたが、村山連立への参加・離脱や各党の路線対立なども再編を左右しました。
出題元の学習トピックを確認する1996年の新制度による初の総選挙で、自民党と新進党以外の政党はほぼ議席を失い、安定した二大政党制が完成した。
民主党、共産党、社会民主党なども議席を得ており、新進党も翌年末に解党しました。政党再編はその後も続きました。
出題元の学習トピックを確認する新進党が1997年末に解党し、1998年に民主党が再編されたことは、政治改革後の政党集約が一度で完成しなかったことを示している。
大政党が形成されても内部対立や再編が続きました。選挙制度、連立経験、政策や組織の違いが重なり、政党配置は時間をかけて変化しました。
出題元の学習トピックを確認する阪神・淡路大震災では住宅被害だけでなく、道路・鉄道・港湾・ライフラインなど都市機能が同時に大きな打撃を受けた。
人口と機能が集中する都市圏で住宅、交通、通信、電気・ガス・水道などが広く損なわれ、都市社会の複合的な脆弱性が表面化しました。
出題元の学習トピックを確認する震災の経験から、大規模災害でも行政による公助だけで対応できるため、自助や共助を防災政策で重視する必要はないと考えられるようになった。
行政自身も被災する大災害では、公助だけでなく自助・共助を組み合わせる必要性が強く認識されました。
出題元の学習トピックを確認する1995年が『ボランティア元年』と呼ばれるのは、日本でボランティア活動がこの年に初めて始まったからである。
それ以前にもボランティア活動は存在しました。震災で多数の市民が自発的に活動し、その社会的役割と受入体制の必要性が広く認識された転換点を指します。
出題元の学習トピックを確認する1995年の災害対策基本法改正では、国や地方公共団体がボランティアによる防災活動の環境整備に努めることが位置づけられた。
震災後、ボランティアを行政の単なる代替とするのではなく、自主的に活動できる環境を整える考え方が制度に反映されました。
出題元の学習トピックを確認する1998年のNPO法は阪神・淡路大震災の災害救援団体だけを対象に、その震災だけを直接の原因として制定された法律だった。
NPO法は福祉、まちづくり、環境、国際協力など幅広い市民活動を対象とします。震災は制度化を後押しした重要な契機ですが、唯一の原因ではありません。
出題元の学習トピックを確認する地下鉄サリン事件は、朝の公共交通機関で化学剤サリンが使用された、教団組織による無差別大量殺傷事件だった。
1995年3月20日、オウム真理教の実行者らが地下鉄3路線5列車でサリンを散布し、多数の死傷者と長期的な被害を生みました。
出題元の学習トピックを確認するオウム真理教が宗教法人だったことから、地下鉄サリン事件は宗教団体一般の危険性を示した事件と理解するのが適切である。
問題となったのは特定の教団組織が準備・実行した犯罪です。宗教一般へ危険性を一般化せず、信教の自由と区別して考える必要があります。
出題元の学習トピックを確認する宗教法人オウム真理教への解散命令は、法人格に関する司法手続であり、信仰そのものを法律で禁止する措置とは異なる。
刑事責任の追及とは別に宗教法人法上の解散命令が行われましたが、法人の解散と個人の信仰の禁止は同じではありません。
出題元の学習トピックを確認する1995年の宗教法人法改正は、宗教活動一般を国家が直接統制する制度へ転換し、宗教団体の自主性を廃止した。
改正は所轄関係、書類提出、一定の場合の報告徴収・質問など法人制度の透明性を強めましたが、信教の自由と宗教団体の自主性を前提としていました。
出題元の学習トピックを確認する事件後の課題には化学テロへの装備・情報共有だけでなく、被害者支援と、治安対策を宗教・思想一般への偏見や過度な監視へ広げないことも含まれた。
危機対応能力を高める一方、長期的な被害者救済と基本的人権を守ることも重要な課題として残りました。
出題元の学習トピックを確認する1993年の河野談話は、政府調査を踏まえ、慰安所の設置・管理や慰安婦の移送への旧日本軍の関与、本人の意思に反する募集事例などを認めた。
河野談話は旧日本軍の直接または間接の関与や、本人の意思に反して集められた事例が多数あったことなどを政府見解として示しました。
出題元の学習トピックを確認する1995年の村山談話は慰安婦問題だけを対象とした政府見解で、植民地支配や侵略については扱っていなかった。
村山談話は戦後50年にあたり、植民地支配と侵略によって多くの国々、とりわけアジア諸国へ損害と苦痛を与えたとの認識を示しました。
出題元の学習トピックを確認するアジア女性基金では、国民からの募金による『償い金』と、政府資金による医療・福祉支援などを組み合わせた事業が行われた。
基金は政府による謝罪表明に加え、民間募金と政府拠出を組み合わせる仕組みを採りました。その制度の評価とは区別して内容を理解する必要があります。
出題元の学習トピックを確認する河野談話や村山談話の本文を読めば、それだけで戦時期のあらゆる歴史的事実と、その後の国内外の評価まで同じものとして確定できる。
戦時期の歴史的事実、政府が調査・認定して表明した内容、その後の政治的・外交的評価は性格が異なります。史料と主体を区別して検討する必要があります。
出題元の学習トピックを確認する歴史認識をめぐる政府談話や救済策については、国内外の政府、被害者、市民社会など主体によって受け止めや評価が異なった。
政府文書の内容そのものと、それを各主体がどう評価したかは別の問題です。歴史認識を学ぶ際は、この違いを分けて扱います。
出題元の学習トピックを確認する1995年の沖縄県民抗議は少女暴行事件だけへの一時的な反応であり、それ以前から続く米軍基地集中や日米地位協定の問題とはほとんど関係がなかった。
事件は政治的転機でしたが、背景には復帰後も続く基地集中、事件・事故、土地利用、地位協定の運用など長期的な問題がありました。
出題元の学習トピックを確認する1996年の普天間飛行場返還方針は、十分な代替施設の完成・運用を条件としており、返還と基地機能の移転が結びついた構想だった。
SACO最終報告は重要な軍事的機能を維持しながら返還することを前提としました。この条件が移設先をめぐる長期的な争点につながりました。
出題元の学習トピックを確認する辺野古移設をめぐっては沖縄県内の住民や自治体の立場が完全に一致しており、県内に異なる意見は存在しなかった。
県内には県内移設への反対、条件付き受入れ、地域振興や安全保障を重視する立場など複数の意見がありました。
出題元の学習トピックを確認する2009年の政権交代後に県外移設の可能性が検討されたが、代替案はまとまらず、2010年の日米合意では再び辺野古を基本とする方針が確認された。
この過程は、国内政権の公約、沖縄県との関係、日米合意、米軍運用上の要請を同時に調整する難しさを示しました。
出題元の学習トピックを確認する2019年県民投票では投票者の多数が埋立てに反対したが、その結果だけで国の外交・防衛政策や埋立工事を法的に直接決定する制度ではなかった。
投票者の71.7%が反対を選び、政治的意思として重要な意味を持ちました。一方、県民投票自体が国の政策や工事を法的に直接決定する仕組みではありませんでした。
出題元の学習トピックを確認する1996年の日米安全保障共同宣言は、日米安全保障条約そのものを新しい条約へ置き換えた文書である。
共同宣言は冷戦後も同盟を維持する意義を再確認し、1978年ガイドラインの見直しを打ち出した政治文書であり、安保条約そのものを作り直したものではありません。
出題元の学習トピックを確認する1997年ガイドラインの『周辺事態』は、日本から一定距離以内という固定的な地理範囲ではなく、日本の平和と安全への影響という事態の性質に着目する概念とされた。
新ガイドラインは周辺事態を地理的概念ではなく、事態の性質に着目するものと整理しました。
出題元の学習トピックを確認する1997年の新ガイドライン自体が日本国内の法律として自衛隊の後方支援を直接可能にしたため、追加の国内法整備は必要なかった。
新ガイドラインは日米協力の指針を示す政策文書で、実際の活動には国内法上の根拠が必要でした。1999年に周辺事態法などが成立しています。
出題元の学習トピックを確認する1999年の周辺事態法は後方地域支援や捜索救助などの枠組みを整えた一方、対応措置は武力による威嚇・武力の行使に当たってはならないとされた。
周辺事態法は新ガイドラインに対応する国内法上の枠組みを整えましたが、当時の憲法解釈・法制度上の制約の下で設計されました。
出題元の学習トピックを確認する1997年ガイドラインと1999年法制によって、2015年の安全保障法制と同じ集団的自衛権行使の仕組みがすでに完成していた。
1990年代の制度は2014年の憲法解釈変更や2015年の安全保障法制より前の段階であり、両者を同一視できません。
出題元の学習トピックを確認する1997年の金融危機では、不良債権の額だけでなく、金融機関が市場から資金を調達し続けられるかという信認も重要な問題となった。
相手先への不安が強まると短期金融市場で資金を調達しにくくなり、損失の大きさだけでなく日々の決済を続けられるかが金融システム上の問題になります。
出題元の学習トピックを確認する北海道拓殖銀行と山一證券は、どちらも同じ種類の簿外債務が原因となって1997年11月に経営破綻した。
拓銀では不良債権と資金繰りの悪化が大きな問題となり、山一では巨額の簿外債務と市場の信認低下が重要でした。個別の原因は同一ではありません。
出題元の学習トピックを確認する1998年の金融再生法は破綻金融機関の処理を、早期健全化法は存続可能な金融機関への資本増強を主な役割とした。
金融再生法は破綻処理や特別公的管理の枠組みを、早期健全化法は公的資金による自己資本増強の仕組みを整えました。
出題元の学習トピックを確認する日本長期信用銀行は1998年に特別公的管理の対象となり、一時国有化された。
1998年10月、日本長期信用銀行は金融再生法に基づく特別公的管理の対象となり、政府が破綻処理へ直接関与しました。
出題元の学習トピックを確認する1999年のゼロ金利政策の導入によって不良債権処理と物価下落の問題は直ちに解消し、2000年代へ持ち越されなかった。
ゼロ金利政策後も景気・物価の弱さと不良債権問題は続き、2001年には量的緩和政策へ移行しました。
出題元の学習トピックを確認する1997年のアイヌ文化振興法は北海道旧土人保護法を廃止するとともに、法律本文でアイヌの人々を先住民族と明記した。
1997年法は旧土人保護法を廃止し文化振興を政策化しましたが、アイヌの人々を『先住民族』と明記した法律ではありませんでした。
出題元の学習トピックを確認する2008年には衆参両院がアイヌ民族を先住民族とすることを求める決議を採択し、政府も先住民族であるとの認識を示した。
2008年6月6日の国会決議を受け、政府もアイヌの人々が先住民族であるとの認識を示し、総合的な施策の検討へ進みました。
出題元の学習トピックを確認する2009年の有識者懇談会報告は、文化振興だけでなく教育・生活・産業・政策参加などを含む総合的な政策を求めた。
報告書は先住民族としての認識を前提に、文化だけでなく生活や教育、産業、政策参加まで含む施策を提言しました。
出題元の学習トピックを確認する2019年のアイヌ施策推進法は先住民族との認識を法律に明記し、平成31年4月に成立したが、施行は令和元年5月だった。
2019年法は『先住民族であるアイヌの人々』と明記して施策を総合化しましたが、成立・公布は平成、施行は令和です。
出題元の学習トピックを確認する1997年法と2019年法の制定によって、差別や生活上の格差、言語・文化継承などの課題は制度上すべて解消した。
制度上の認識と政策枠組みは段階的に変化しましたが、差別、生活上の課題、文化継承などは継続的な政策課題として残りました。
出題元の学習トピックを確認する1998年の中央省庁等改革基本法の目的は省庁数を減らすことだけで、内閣機能の強化や政策調整の見直しは含まれていなかった。
中央省庁等改革基本法は組織の再編・効率化に加え、内閣機能の強化や省庁横断的な政策調整の仕組みづくりも柱としました。
出題元の学習トピックを確認する1998年に金融監督庁が発足し、民間金融機関の検査・監督機能は大蔵省から分離された。
金融行政への不信などを背景に、金融機関の検査・監督機能を大蔵省から分離し、専門的な監督体制を整える改革が進みました。
出題元の学習トピックを確認する1999年の地方分権一括法は機関委任事務制度を廃止し、自治体の事務を自治事務と法定受託事務へ再構成した。
地方分権改革では、知事や市町村長が国の機関として事務を処理する機関委任事務を廃止し、国と地方の関係を見直しました。
出題元の学習トピックを確認する『平成の大合併』は地方分権一括法そのものであり、市町村合併と地方分権は同一の制度改革である。
市町村合併は自治体の規模や行政体制を再編する政策で、国から地方への権限関係を見直す地方分権とは関連しつつも別の制度です。
出題元の学習トピックを確認する中央省庁再編の新体制は2001年1月に発足し、内閣府の新設を含む1府12省庁を基本とする体制へ移行した。
1998年の基本法と関連法の整備を経て、2001年1月に新しい中央省庁体制が発足しました。
出題元の学習トピックを確認する1995年に発足したWTOは、物品貿易だけでなくサービスや知的財産を含むルールと紛争解決の仕組みを担った。
WTO体制ではGATT期より対象分野が広がり、サービス貿易や知的財産を含む協定と紛争解決手続が制度化されました。
出題元の学習トピックを確認する日本企業の海外生産はWTOが発足した1995年に初めて本格化し、それ以前にはほとんど進んでいなかった。
海外生産は1980年代の貿易摩擦や円高を背景にすでに進んでおり、平成期には市場・コスト・調達網など複数要因でさらに拡大しました。
出題元の学習トピックを確認する海外生産の拡大は、日本からの輸出を単純に減らすだけでなく、部品・素材・完成品を国境を越えてやり取りする生産ネットワークを発達させた。
海外工場へ日本製部品や設備を輸出し、現地法人から製品を輸入するなど、東アジア規模の企業内・企業間取引が拡大しました。
出題元の学習トピックを確認する中国の経済成長と外資導入は2001年のWTO加盟によって初めて始まった。
中国は改革開放政策の下で1980年代から成長と外資導入を進めており、2001年のWTO加盟は世界の貿易ルールへ一層組み込まれる重要な節目でした。
出題元の学習トピックを確認する海外生産比率が上昇しても、日本国内には研究開発や高付加価値部品、生産設備などの機能が残り、海外拠点との相互取引も続いた。
平成期のグローバル化は国内生産の一律な消滅ではなく、国内と海外の拠点を工程・部品・市場で結ぶ国際分業の深化として進みました。
出題元の学習トピックを確認する1993年の環境基本法は、従来の公害対策を廃止して地球環境問題だけを扱うための法律だった。
環境基本法は公害対策を捨てたのではなく、公害を含む環境行政を地球環境保全まで視野に入れた基本政策へ広げました。
出題元の学習トピックを確認する京都議定書で、日本は2008〜2012年の第一約束期間に基準年比6%の温室効果ガス削減を約束した。
京都議定書は先進国などに国別目標を設定し、日本には第一約束期間について基準年比6%削減の約束が割り当てられました。
出題元の学習トピックを確認する日本は京都議定書の第一約束期間に、国内の温室効果ガス総排出量そのものを基準年比6%以上減らしたため、森林吸収源やクレジットを使わず目標を達成した。
第一約束期間の国内総排出量の平均は基準年比で増加しており、森林等吸収源や京都メカニズムによるクレジットを算入して約束を達成しました。
出題元の学習トピックを確認するパリ協定は、先進国だけでなく全ての締約国が自国のNDCを作成・提出し、5年ごとに更新する仕組みを採っている。
パリ協定は全ての締約国の参加を前提とし、各国がNDCを提出・更新する仕組みを中心にしています。
出題元の学習トピックを確認する京都議定書とパリ協定は、どちらも条約本文で先進国ごとの削減率を割り当てる同じ制度設計である。
京都議定書は先進国などに国別の削減約束を設定しましたが、パリ協定は全ての締約国が自国でNDCを定めて提出・更新する方式です。
出題元の学習トピックを確認する就職氷河期世代とは、1993〜2004年ごろに卒業した人の全員が同じように就職できず、その後も非正規雇用のままだった世代を指す。
就職氷河期は厳しい新卒市場の影響を受けた大まかな世代区分ですが、学歴・性別・地域・卒業年などで状況は異なり、後に正社員へ移行した人も多くいます。
出題元の学習トピックを確認する新卒一括採用が正社員への重要な入口だったため、卒業時の景気悪化は、その後の職業経験や正社員移行にも長く影響しうる問題となった。
卒業時に正社員求人が少ないと初期の職業経験を積みにくく、その影響が後年まで残ることが就職氷河期問題の特徴です。
出題元の学習トピックを確認する労働者派遣制度は1999年の法改正で初めて創設され、その時点から製造業務への派遣も自由に認められた。
派遣制度は1985年の労働者派遣法から存在し、1999年改正で対象業務が原則自由化されました。製造業務への派遣は2003年改正を受けて2004年から可能になりました。
出題元の学習トピックを確認する非正規雇用には派遣社員だけでなく、パート、アルバイト、契約社員、嘱託など複数の雇用形態が含まれる。
非正規雇用は複数の雇用形態を含むため、非正規雇用の増加を派遣社員の増加だけで説明することはできません。
出題元の学習トピックを確認する平成期の非正規雇用増加は、労働者派遣法の規制緩和だけで説明できる。
景気低迷、企業の雇用管理、産業・人口構造、働き方の選択、法制度など複数の要因が重なっており、派遣法改正だけが原因ではありません。
出題元の学習トピックを確認する1999年の男女共同参画社会基本法は、雇用分野だけでなく、政策決定・家庭・地域など社会全体での男女共同参画を基本課題として位置づけた。
基本法は雇用だけに対象を限定せず、政策決定、家庭生活、地域など社会の幅広い領域を対象にしました。
出題元の学習トピックを確認する男女共同参画社会基本法は、個々の職場での差別行為を直接取り締まる労働法として制定された。
基本法は政府・自治体の政策全体に男女共同参画を組み込む枠組みで、具体的な雇用上の規制は均等法など別の法律と組み合わせて進められました。
出題元の学習トピックを確認する育児・介護休業制度が整備されると、育児休業取得や家事・育児負担の男女差も同じ時期にほぼ解消した。
両立支援制度は拡充されましたが、男性の育児休業取得は低水準で、家事・育児を女性が多く担う構造も残りました。
出題元の学習トピックを確認する2001年の配偶者暴力防止法は、配偶者からの暴力を単なる家庭内の私事ではなく、行政・司法が相談・保護・保護命令などで対応する問題として位置づけた。
同法は配偶者暴力を重大な人権侵害として扱い、相談支援や一時保護、裁判所の保護命令などの制度を整えました。
出題元の学習トピックを確認する2015年の女性活躍推進法は、企業に一律の女性採用人数を割り当て、その人数だけを達成させる制度である。
同法は女性の採用・継続就業・登用などの状況把握と課題分析を行い、数値目標を含む行動計画や情報公表を求める仕組みです。
出題元の学習トピックを確認する日本では携帯電話の契約数が増え、2000年には固定電話の契約数を上回った。
固定電話の契約数が減少へ向かう一方、携帯電話は急増し、2000年に契約数で固定電話を上回りました。
出題元の学習トピックを確認する1990年代後半の携帯電話普及と2000年代後半以降のスマートフォン普及は、機能や利用形態がほぼ同じ一つの段階だった。
携帯電話はメールや携帯向けウェブへ機能を広げましたが、スマートフォンではアプリ、位置情報、写真・動画共有など利用形態がさらに拡大しました。
出題元の学習トピックを確認するIT基本法とe-Japan戦略は、政府がインターネットサービスを一元的に提供し、民間企業の役割を縮小することを基本方針とした。
IT基本法は民間の主導的役割を原則とし、政府は競争環境・制度・基盤整備や格差是正を支える役割を担うと整理しました。
出題元の学習トピックを確認する2001年のe-Japan戦略では、高速ネットワーク、電子商取引、電子政府、人材育成などが重点分野とされた。
e-Japan戦略は通信基盤だけでなく、電子商取引、電子政府、人材育成を含む国家的なIT戦略でした。
出題元の学習トピックを確認する高速通信網が整えば、本人確認や標準化、セキュリティなどの課題とは無関係に、行政手続は自動的にデジタル化された。
行政のデジタル化にはシステムの標準化、本人確認、セキュリティ、紙手続との併存など別の制度・運用上の課題もありました。
出題元の学習トピックを確認する平成期の高齢化は、平均寿命が延びたことだけで進み、出生数の減少や生産年齢人口の変化は関係しなかった。
高齢化は長寿化に加え、出生数の減少で若い世代の比率が低下し、生産年齢人口が減少へ向かったことも関係する人口構造の変化です。
出題元の学習トピックを確認する介護保険制度が始まる前にも、老人福祉制度による施設・在宅サービスや老人医療制度は存在していた。
介護保険以前にも福祉・医療サービスはありましたが、制度が分かれ、増大する継続的介護ニーズや家族負担への対応が課題となっていました。
出題元の学習トピックを確認する2000年の介護保険制度によって介護はすべて公的サービスへ移り、家族が担う見守りや通院支援などの役割はなくなった。
介護保険は介護を社会全体で支える方向へ転換しましたが、見守りや通院、金銭管理など家族が担う役割も残りました。
出題元の学習トピックを確認する2004年年金改革のマクロ経済スライドは、被保険者数の減少や平均余命の伸びを反映し、年金額の伸びを調整して長期的な給付と負担の均衡を図る仕組みである。
マクロ経済スライドは高齢者の年金を一律に切り下げる制度ではなく、人口・経済の変化を給付額の伸びへ反映する調整の仕組みです。
出題元の学習トピックを確認する2008年の後期高齢者医療制度は、高齢者本人の保険料だけで費用を賄い、公費や現役世代の医療保険からの支援は使わない仕組みだった。
同制度の費用は高齢者本人の保険料、公費、現役世代の医療保険からの支援金を組み合わせて支える仕組みです。
出題元の学習トピックを確認する小泉政権の構造改革は、郵政民営化だけを指す政策であり、不良債権処理や規制・財政改革は含まれていなかった。
構造改革は、不良債権処理、規制・制度改革、財政改革、民営化など複数の政策を束ねたもので、郵政民営化はその象徴の一つでした。
出題元の学習トピックを確認する金融再生プログラムで掲げた不良債権比率の半減目標は主要行を中心とするもので、達成が日本の全金融機関・全企業の債務問題の解消を意味したわけではない。
主要行の不良債権比率は低下しましたが、地域金融機関や企業の債務問題まで同時にすべて解消したという意味ではありません。
出題元の学習トピックを確認する郵政民営化の対象は郵便配達だけで、郵便貯金や簡易保険、公的部門への資金の流れは改革の対象外だった。
郵政民営化は郵便に加え、郵便貯金・簡易保険、全国の郵便局網、公的部門へ集まる資金の流れも重要な争点でした。
出題元の学習トピックを確認する2005年の郵政民営化関連法案は参議院でいったん否決され、その後の衆議院解散・総選挙を経て再提出され、同年10月に成立した。
8月8日の参議院否決後、小泉首相は衆議院を解散し、総選挙後に法案が再提出されて10月に成立しました。
出題元の学習トピックを確認する2000年代前半の景気回復も格差をめぐる変化も、小泉構造改革だけを原因として説明できる。
景気回復や雇用・所得の変化には、世界経済、輸出、金融政策、企業行動、労働市場など複数の要因が関係しており、構造改革だけに還元できません。
出題元の学習トピックを確認する2001年のテロ対策特別措置法は、1992年のPKO協力法をそのまま適用して成立した制度であり、別の法的根拠ではなかった。
テロ対策特別措置法は、PKO協力法とは別に9.11後の国際的な対テロ活動への支援を定めた時限的な特別措置法です。
出題元の学習トピックを確認するインド洋での海上自衛隊の中心任務は、各国艦船への燃料や水の補給などの後方支援だった。
海上自衛隊は、対テロ活動に従事する各国艦船へ洋上給油などを行い、活動を後方から支えました。
出題元の学習トピックを確認する2004年のイラク派遣は、テロ対策特別措置法の活動範囲をイラクへ広げるだけで実施され、新しい法律は制定されなかった。
イラク派遣には2003年成立のイラク復興支援特別措置法という別の法的根拠が設けられました。
出題元の学習トピックを確認するサマワへ派遣された陸上自衛隊は、給水・医療・公共施設復旧などの人道復興支援を行った。
陸上自衛隊はサマワで給水、医療、学校など公共施設の復旧・整備を中心とする人道復興支援を行いました。
出題元の学習トピックを確認するPKO、インド洋での補給活動、イラク復興支援は、いずれも同一の法律に基づく一つの制度の連続的な拡張だった。
PKO協力法、テロ対策特別措置法、イラク復興支援特別措置法はそれぞれ別の法的枠組みで、目的や活動条件も異なりました。
出題元の学習トピックを確認する2002年の日朝平壌宣言への署名によって、日本と北朝鮮の国交正常化はその場で完了した。
日朝平壌宣言は、懸案を解決しながら国交正常化交渉を進めるための基本原則と道筋を示した文書で、国交正常化そのものではありません。
出題元の学習トピックを確認する2002年の首脳会談で北朝鮮側が日本人拉致を認め、その後同年10月に拉致被害者5人が帰国した。
2002年9月の首脳会談後、10月15日に拉致被害者5人が帰国しましたが、他の被害者をめぐる真相究明と帰国は未解決の課題として残りました。
出題元の学習トピックを確認する拉致問題と核・ミサイル問題は、前者が被害者の帰国・真相究明、後者が核不拡散や地域安全保障を中心とする、異なる論点である。
両者は日朝関係の中で同時に交渉を難しくしましたが、問題の性質と中心的な要求は同一ではありません。
出題元の学習トピックを確認する2014年のストックホルム合意によって拉致問題の再調査は完了し、その後この問題をめぐる日朝間の対立は解消した。
2014年に再調査で合意しましたが具体的進展は乏しく、2016年に北朝鮮側は調査中止と特別調査委員会の解体を表明しました。
出題元の学習トピックを確認する平成期の日朝正常化が進まなかった原因は拉致問題だけであり、核・ミサイル問題や国際的制裁は交渉環境に影響しなかった。
未解決の拉致問題に加え、核実験・弾道ミサイル発射と国連制裁など複数の安全保障問題が並行し、正常化交渉を難しくしました。
出題元の学習トピックを確認する学校週5日制は2002年に突然導入されたのではなく、1992年の月1回、1995年の月2回を経て完全実施へ進んだ。
学校週5日制は段階的に導入され、2002年4月から公立学校で完全実施されました。
出題元の学習トピックを確認する『ゆとり教育』は法律で定められた一つの正式政策名であり、学校週5日制や学習指導要領改訂とは別の独立した制度だった。
『ゆとり教育』は、学校週5日制、授業時数や教育内容の見直し、総合的な学習の時間など複数の改革をまとめて指す通称です。
出題元の学習トピックを確認する2002年度からの学習指導要領は全国共通の最低基準とされ、児童生徒の理解度に応じた補充的・発展的学習も可能だった。
学習指導要領に示された内容を超えて教えることが一律に禁止されたわけではなく、補充的・発展的学習も認められていました。
出題元の学習トピックを確認する大学入試センター試験の導入により、各大学が行う個別試験は廃止され、すべての大学が同じ試験結果だけで合否を決めるようになった。
センター試験は共通試験として利用されましたが、各大学は個別試験や推薦などと組み合わせて入学者選抜を行いました。
出題元の学習トピックを確認する2004年の国立大学法人化は国立大学の完全な民営化であり、国による財政措置や中期目標・評価の仕組みはなくなった。
国立大学法人化は民営化ではなく、大学ごとの裁量を広げつつ、国の中期目標・評価や運営費交付金などの関与も残す制度でした。
出題元の学習トピックを確認する日本では総人口が減少局面へ入る前の1995年に、15〜64歳の生産年齢人口がピークを迎えて減少へ転じていた。
生産年齢人口は1995年にピークを迎え、総人口が2008年にピークとなるより先に減少へ転じていました。
出題元の学習トピックを確認する日本の人口は2005年に自然減となって以降、一度も自然増へ戻ることなく連続して自然減が続いた。
2005年に戦後初の自然減となりましたが、2006年はいったん自然増へ戻り、2007年から再び自然減となりました。
出題元の学習トピックを確認する総人口が2008年にピークを迎えたことは、日本の少子化が2008年に初めて始まったことを意味する。
少子化はそれ以前から進んでおり、生産年齢人口の減少や自然減など複数の変化を経て総人口減少へつながりました。
出題元の学習トピックを確認する人口減少は全国一律に同じ形で進んだのではなく、地方で減少が進む一方、東京圏では大幅な転入超過が続く時期があった。
地域ごとの人口動向には差があり、地方の若年層流出と東京圏への人口集中が同時に進む局面がありました。
出題元の学習トピックを確認する2014年に地方創生が始まったことで、人口減少と東京一極集中はその時点で解消された。
地方創生は人口減少や東京一極集中への対応を政策課題として掲げたもので、政策開始自体が問題の解消を意味するわけではありません。
出題元の学習トピックを確認する2007年参院選後の『ねじれ国会』は、民主党が衆議院と参議院の両方で多数を占めた状態を指す。
衆議院では自民・公明の与党が多数を維持し、参議院では野党側が優位となりました。両院で多数派が異なることが『ねじれ国会』の要点です。
出題元の学習トピックを確認するねじれ国会でも、参議院で否決された法律案を衆議院が出席議員の3分の2以上で再可決できる場合があったが、両院同意人事には同じ仕組みを使えなかった。
憲法59条により法律案は一定の場合に衆議院で再可決できますが、日本銀行総裁など両院の同意が必要な人事は同じ方法では処理できませんでした。
出題元の学習トピックを確認する第1次安倍内閣の政治的困難は、2007年参院選で『ねじれ国会』が生まれてから初めて始まり、それ以前には大きな信頼問題はなかった。
参院選以前から年金記録問題や閣僚の辞任などが政治問題となっており、政権への信頼をめぐる課題はすでに積み重なっていました。
出題元の学習トピックを確認する福田内閣では、衆議院の与党多数だけでは政策運営を完結しにくく、再可決・修正協議・提出時期の調整など案件ごとの対応が必要になった。
参議院で野党側が優位だったため、政府・与党は案件に応じて再可決や野党との協議、日程調整などを行う必要がありました。
出題元の学習トピックを確認する2006〜2009年に安倍・福田・麻生の各内閣が短命だった理由は、いずれも『ねじれ国会』だけで説明できる。
ねじれ国会は共通する制度的条件の一つでしたが、各内閣固有の政治課題、選挙、世論、与党内事情、世界金融危機など複数の要因が重なりました。
出題元の学習トピックを確認する2008年9月のリーマン・ブラザーズ破綻を契機に国際金融市場の緊張が一段と高まり、世界的な景気後退が深刻化した。
リーマン破綻後、金融機関の信用不安と資金取引の縮小が強まり、金融市場の混乱が企業・家計の支出や世界貿易へ波及しました。
出題元の学習トピックを確認する日本経済が深刻な不況になった主因は、日本の銀行が米欧以上のサブプライム関連損失を抱えたことだった。
日本の金融機関の直接損失は米欧と比べ相対的に小さく、日本への大きな波及経路は世界需要の急減による輸出・生産の落ち込みでした。
出題元の学習トピックを確認する日本の生産急減には輸出量の大きさだけでなく、自動車や資本財など景気後退時に需要が落ち込みやすい品目を多く輸出していたことも関係した。
内閣府は輸出依存度の上昇に加え、自動車・電機・一般機械など世界需要の変動を受けやすい輸出品目の構成も生産急減の背景に挙げています。
出題元の学習トピックを確認する派遣労働者などの不安定就業はリーマン・ショックによって初めて生まれ、それ以前の就職氷河期や雇用制度の変化とは関係がない。
非正規雇用の拡大や若年層の不安定就業には1990年代からの長期的背景があり、世界金融危機はその雇用構造に急激な需要ショックを加えました。
出題元の学習トピックを確認する危機への対応として日本銀行は政策金利を引き上げ、政府も景気対策を控えて需要を抑える方針をとった。
日本銀行は政策金利を0.3%前後、さらに0.1%前後へ引き下げ、政府も雇用・企業金融・需要を支える複数の経済対策を実施しました。
出題元の学習トピックを確認する2009年の民主党政権成立は、戦後初めて自民党以外の勢力が政権を担った出来事だった。
1993年には細川護熙を首相とする非自民連立政権が成立しています。2009年の特徴は、総選挙で民主党が308議席を得て、自民党から民主党へ政権の中心が交代したことです。
出題元の学習トピックを確認する民主党政権が掲げた『政治主導』は、官僚を政策形成から全面的に排除することではなく、政治家が政策の優先順位と責任をより明確に担おうとする試みだった。
国家戦略室や行政刷新会議などを通じて政治家主導の意思決定を強めようとしましたが、省庁の専門知識や実施能力との接続も必要でした。
出題元の学習トピックを確認する民主党は2009年総選挙で308議席を得たため、財源確保や連立各党との調整、行政実務を考えずに選挙公約を実施できた。
大きな衆議院多数があっても、税収減や既存経費のもとでの財源確保、連立・党内調整、省庁との実務調整など複数の制約がありました。
出題元の学習トピックを確認する2010年参院選後、与党は参議院の過半数を失い、衆議院では与党多数・参議院では与党過半数割れという再度のねじれ国会となった。
民主党政権は2009年に衆議院で大多数を得ましたが、2010年参院選後は参議院で過半数を失い、法案成立などで野党との協議が重要になりました。
出題元の学習トピックを確認する民主党政権が2012年に終わった理由は東日本大震災への対応だけであり、財政・連立・党内対立・参議院との関係などは影響しなかった。
民主党政権には選挙公約と財源、連立・党内調整、ねじれ国会、外交・安全保障、震災後の危機対応など複数の課題が重なっていました。
出題元の学習トピックを確認する日中間の貿易や企業活動が拡大したため、2000年代には歴史認識や安全保障をめぐる政治的対立も自動的に解消した。
経済的相互依存が深まる一方、歴史認識、東シナ海、安全保障などをめぐる対立は続きました。経済関係と政治関係は同じ速度では変化しませんでした。
出題元の学習トピックを確認する『戦略的互恵関係』は、日中間の意見の違いが残っていても、共通利益のある分野で協力して関係を安定させようとする枠組みだった。
2006年以後の両政府は対立点の消滅を前提とせず、経済、環境、エネルギー、防災など幅広い協力を通じて関係を管理しようとしました。
出題元の学習トピックを確認する2010年の中国漁船衝突事件は日本国内の刑事手続だけの問題として終わり、日中外交や交流には影響しなかった。
船長の逮捕・釈放をめぐり両政府の立場が対立し、首脳交流などにも影響が及び、東シナ海をめぐる緊張が強く意識されました。
出題元の学習トピックを確認する2012年9月、日本政府は魚釣島・北小島・南小島の民法上の所有権を民間所有者から国へ移し、中国政府はこの措置に強く反発した。
日本政府は三島の民法上の所有権を国へ移しました。中国政府はこれを主権侵害だとして強く反発し、中国各地で対日抗議デモも発生しました。
出題元の学習トピックを確認する尖閣諸島を日本が行政管理しているため、中国政府や台湾当局は主権を主張しておらず、各当事者の立場を区別する必要はない。
日本が行政管理している現状とは別に、日本政府、中国政府、台湾当局は主権について異なる立場を示しています。現状と各当事者の主張を区別して扱う必要があります。
出題元の学習トピックを確認する東日本大震災では巨大津波が沿岸の市街地・集落へ流入し、人命だけでなく住宅、交通、港湾、農地・漁港などの生活・産業基盤に甚大な被害を与えた。
M9.0の地震に伴う巨大津波が東北地方の太平洋沿岸を中心に広い地域を襲い、市街地や集落の生活基盤そのものを破壊しました。
出題元の学習トピックを確認する被災地の復興は住宅や道路などの建物・施設を元通りにすれば完了し、生業、医療、教育、地域コミュニティの再建は復興課題とはされなかった。
復興には住まいだけでなく、仕事や生業、医療・福祉・教育、交通、人と人とのつながりを再構築する長期的な取組が必要でした。
出題元の学習トピックを確認する2011年の復興基本方針では、市町村を復興の基本的な行政主体とし、国が財政・制度・人材面から支援する考え方が示された。
復興は地域ごとの事情を踏まえて市町村が基本的な主体となり、国は基本方針や財政・制度・人材支援、復興庁による総合調整を担いました。
出題元の学習トピックを確認する津波被災地では安全確保のため、すべての市町村が同じ方式で全住民を高台へ集団移転させた。
防災集団移転、土地区画整理、土地のかさ上げ、災害公営住宅などが地域の地形・被害状況・住民意向に応じて組み合わされました。
出題元の学習トピックを確認する東日本大震災の地震・津波による地域復興と、福島第一原発事故による避難・除染・廃炉・原子力政策は、区別せず同じ被害・政策として扱えばよい。
東日本大震災は複合災害ですが、地震・津波による地域被害と原子力災害固有の避難・除染・廃炉・政策課題は分けて理解する必要があります。
出題元の学習トピックを確認する福島第一原発事故は、想定を超える津波という自然現象だけで生じた事故であり、事前の備えや組織・制度上の問題は事故原因の検証対象にならなかった。
政府事故調は、津波だけでなく、津波リスクへの備え、重大事故対策、情報共有、事業者と規制行政の対応など複数の問題を検証しました。
出題元の学習トピックを確認する2012年に発足した原子力規制委員会は、原子力利用を進める行政から安全規制を分離し、規制機能を再編・一元化する狙いを持っていた。
事故後は推進行政と安全規制の関係が見直され、2012年9月に独立性の高い委員会方式の原子力規制委員会が発足しました。
出題元の学習トピックを確認する2013年の新規制基準に適合した原発は、事故が絶対に起きないことを国が保証したと理解できる。
新規制基準への適合は絶対的な安全の保証ではありません。重大事故や自然災害への対策を強化し、最新知見を反映し続ける制度的条件です。
出題元の学習トピックを確認する固定価格買取制度(FIT)は福島第一原発事故を受けて初めて構想された制度で、事故以前には制度準備が進んでいなかった。
FITは2012年7月に始まり再生可能エネルギー導入を加速させましたが、制度準備は事故以前から進んでいました。
出題元の学習トピックを確認する2014年の第4次エネルギー基本計画は、原発依存度を可能な限り低減する方針と、新規制基準への適合が確認された原発の再稼働方針を同時に示した。
同計画は原発依存度の低減を掲げる一方、原子力を重要なベースロード電源と位置付け、規制委員会の判断を前提に再稼働を進める方針を示しました。
出題元の学習トピックを確認する社会保障と税の一体改革は、高齢化に伴う社会保障給付の増加に対し、消費税率の引上げだけで問題を解決しようとした政策だった。
一体改革は、社会保障制度の改革と安定財源の確保を組み合わせる政策で、消費税は財源の柱の一つでしたが唯一の手段ではありません。
出題元の学習トピックを確認する2012年の一体改革関連法は、参議院で与党が過半数を持たない状況のなか、民主党・自民党・公明党の三党合意を経て成立した。
ねじれ国会のもとで野党の協力が必要となり、三党協議と2012年6月の合意を経て関連法が成立しました。
出題元の学習トピックを確認する2012年の法律では、消費税収を年金・医療・介護・少子化対策という社会保障4経費に充てる考え方が明確化された。
税率引上げだけでなく、消費税収の使途を社会保障4経費と結び付けたことが一体改革の重要な点です。
出題元の学習トピックを確認する消費税率を2014年4月に8%へ引き上げる法的根拠は、第2次安倍内閣が2013年に新たに成立させた法律で初めて定められた。
8%への引上げは野田内閣期の2012年成立法ですでに定められており、第2次安倍内閣は2013年に経済状況を点検したうえで実施を決定しました。
出題元の学習トピックを確認する2014年の8%への引上げでは、施行前の駆け込み需要と施行後の反動減がみられ、社会保障や財政の長期課題もその時点で解消したわけではなかった。
税率引上げは景気に大きな需要変動を生み、社会保障の持続可能性や財政問題はその後も続く長期課題として残りました。
出題元の学習トピックを確認するアベノミクスの三本の矢は、金融政策・財政政策・成長戦略という異なる政策手段を組み合わせ、短期の需要下支えと中長期の成長力向上を同時に狙った。
三本の矢は、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略からなり、担い手や効果が現れる時間軸も異なります。
出題元の学習トピックを確認する日本銀行は2013年1月に2%の物価安定目標を明確にし、同年4月の量的・質的金融緩和(QQE)でマネタリーベースや資産買入れを大幅に拡大した。
2013年1月の政府・日本銀行共同声明と2%目標の明確化に続き、4月にQQEが導入されました。
出題元の学習トピックを確認する2016年に導入されたマイナス金利政策は、家計や企業が銀行に預ける普通預金すべてへ一律にマイナス金利を適用する仕組みだった。
マイナス0.1%が適用されたのは金融機関が日本銀行に持つ当座預金の一部で、預金者の普通預金全体に一律適用されたわけではありません。
出題元の学習トピックを確認する平成末の雇用改善は、景気回復だけでなく、生産年齢人口の減少による労働供給の縮小なども影響したため、アベノミクスだけの効果と断定できない。
雇用情勢の改善には複数の要因があり、本文でも人口構造の変化を含めて理解する必要があるとしています。
出題元の学習トピックを確認する平成末までに日本銀行の2%物価目標は安定的に達成され、政府もデフレ脱却が完了したと評価していた。
雇用や企業収益などは改善しましたが、2%目標は平成中に安定的に実現せず、2019年時点でもデフレ脱却には至っていないと整理されていました。
出題元の学習トピックを確認する2013年に発足した国家安全保障会議(NSC)は、外交・安全保障上の情報と政策調整を首相官邸に集約する仕組みであり、それ自体が自衛隊の権限を直接拡大する法律ではない。
NSCの主眼は重要な外交・安全保障案件を官邸中心で審議・調整する体制の強化で、自衛隊の具体的権限は別の国内法によって定められます。
出題元の学習トピックを確認する特定秘密保護法は安全保障情報の保全を制度化した一方、秘密指定の範囲や知る権利、民主的統制との関係も論点となった。
同法は防衛・外交など一定分野の秘密指定や適性評価、漏えい罰則を定めましたが、情報公開や監視の在り方をめぐる懸念も示されました。
出題元の学習トピックを確認する2014年7月の閣議決定によって、政府は集団的自衛権を条件なく無制限に行使できるとの憲法解釈へ変更した。
政府は新三要件を示し、日本の存立が脅かされるなど一定の場合に必要最小限度の武力行使を認める限定的な解釈変更だと説明しました。
出題元の学習トピックを確認する2015年の日米防衛協力のための指針は、それだけで自衛隊に新たな国内法上の権限を与える法律として効力を持った。
ガイドラインは日米協力の政策上の指針であり、自衛隊の具体的活動には日本の憲法・法律に基づく国内法上の根拠が必要です。
出題元の学習トピックを確認する2015年の平和安全法制は存立危機事態などの制度を整えたが、その憲法9条との整合性や解釈変更の手続については政府と批判側で見解が対立した。
法制の制度内容と、その合憲性・政策妥当性をめぐる評価は別の論点です。本文は双方を区別して整理しています。
出題元の学習トピックを確認する日本がTPPや日EU EPAなどの広域経済連携を進めたことは、WTOによる多角的貿易体制を捨てたことを意味する。
広域EPAはWTOを代替して放棄する政策ではなく、WTOを基盤としつつ、合意可能な国・地域でより高い水準の自由化や共通ルール形成を進める重層的な通商政策でした。
出題元の学習トピックを確認する日本は2011年の野田首相による方針表明の時点ですでにTPP交渉へ正式参加しており、2013年は交渉参加後の批准段階だった。
2011年は交渉参加に向けた関係国との協議へ入る方針表明で、正式参加は2013年7月の第18回交渉会合からです。
出題元の学習トピックを確認する12か国のTPPは2016年に署名されたが、米国の離脱によって当初の発効条件を満たせず、そのままでは発効しなかった。
署名だけでは発効せず、米国離脱後は12か国TPPの発効条件を満たせなくなったため、残る11か国でCPTPPが再構成されました。
出題元の学習トピックを確認するCPTPPは、米国を除いた点を除けば2016年署名のTPPと完全に同一で、規定の停止や調整は行われなかった。
CPTPPはTPPの大部分を引き継ぎましたが、米国が強く求めていた知的財産分野など一部規定を停止して成立しました。
出題元の学習トピックを確認する日EU EPAは関税削減だけでなく、サービス、電子商取引、政府調達、知的財産など幅広い経済ルールを対象とし、2019年2月に発効した。
日EU EPAは広範な経済ルールを整備する協定で、2018年7月に署名され、2019年2月1日に発効しました。
出題元の学習トピックを確認する2013年の『ネット選挙解禁』によって、有権者は自宅のパソコンやスマートフォンからインターネット投票できるようになった。
解禁されたのはウェブサイトやSNSなどを利用する選挙運動で、投票そのものをオンライン化した制度ではありません。
出題元の学習トピックを確認する2013年改正後、有権者もSNSやウェブサイトで投票を呼びかけられるようになったが、選挙運動用電子メールの送信は候補者・政党等に限られた。
有権者のウェブ利用は認められましたが、選挙運動用電子メールには主体の制限が残りました。
出題元の学習トピックを確認する2016年に18歳選挙権が始まった時点で、民法上の成年年齢も同時に18歳へ引き下げられていた。
選挙権年齢と成年年齢は別制度です。2016年時点の成年年齢は20歳で、18歳への引下げは2022年施行です。
出題元の学習トピックを確認する18歳・19歳が初めて参加した国政選挙は、2016年7月の参議院議員通常選挙だった。
18歳選挙権は2016年6月に施行され、その後最初の国政選挙となった7月の参院選から適用されました。
出題元の学習トピックを確認する選挙権年齢の引下げとネット選挙運動の解禁によって政治参加の入口は広がったが、若年層の投票や継続的な参加が自動的に高まるとは限らず、主権者教育や情報環境も課題となった。
制度上の参加機会と実際の参加行動は同じではなく、判断力を育てる教育や情報リテラシーも重要な課題です。
出題元の学習トピックを確認する2010年代後半の人手不足は、生産年齢人口の減少だけで説明でき、景気回復や産業・地域ごとの需給の違いはほとんど関係しなかった。
人口減少は重要な背景ですが、求人増加、女性・高齢者の就業、産業・職種・地域ごとの需給差なども関係しました。
出題元の学習トピックを確認する『働き方改革』は一つの法律の名称ではなく、2017年の実行計画をもとに複数の労働関係法を改正して進められた政策パッケージだった。
長時間労働、待遇差、柔軟な働き方など異なる課題を、複数の法律改正で具体化した点が特徴です。
出題元の学習トピックを確認する時間外労働の上限規制は2019年4月に日本のすべての企業・業種へ一斉に同じ条件で適用された。
大企業は2019年4月、中小企業は2020年4月からで、一部業種には適用猶予もありました。
出題元の学習トピックを確認する働き方改革関連法では、時間外労働の上限を原則として月45時間・年360時間とし、特別な事情がある場合にも追加の上限を設けた。
原則上限に加え、特別条項でも年720時間以内、単月100時間未満などの規制が設けられました。
出題元の学習トピックを確認する同一労働同一賃金の制度は、正規・非正規を問わず同じ会社の全労働者の賃金を完全に同額へ統一することを義務付けた。
目的は雇用形態の違いだけを理由とする不合理な待遇差の解消で、職務内容や責任などの違いは考慮されます。
出題元の学習トピックを確認する1990年代に増えた日系人の就労は、『日系人』という名称の労働目的在留資格が新設されたために可能になった。
実際には『定住者』『日本人の配偶者等』『永住者』など、身分・地位に基づき活動制限のない在留資格で就労した人が多くいました。
出題元の学習トピックを確認する技能実習制度は、制度上は技能移転を通じた人材育成・国際協力を目的とし、国内の労働力需給を調整する手段として行ってはならないとされている。
現場では人手不足産業の重要な働き手となる場面もありましたが、公式の制度目的は労働力不足対策とは区別されています。
出題元の学習トピックを確認する日本で働く外国人はすべて技能実習または特定技能のどちらかの在留資格に属している。
専門的・技術的分野、身分に基づく在留資格、留学生の資格外活動など、外国人労働者には複数の在留経路があります。
出題元の学習トピックを確認する2018年の入管法改正で特定技能1号・2号が創設され、制度は2019年4月に始まった。
人手不足が深刻な分野で一定の技能を持つ外国人材を受け入れる制度として、平成最後の月に特定技能制度が始まりました。
出題元の学習トピックを確認する技能実習から特定技能1号への移行経路が設けられたため、両制度は目的・在留資格とも同一の制度になった。
移行経路はありますが、技能実習は技能移転・国際協力、特定技能は人手不足分野での外国人材受入れを主眼とし、制度目的と在留資格は異なります。
出題元の学習トピックを確認する2016年のビデオメッセージで、天皇明仁は皇室制度を具体的に改正して退位を認めるよう政府・国会へ法的に命じた。
メッセージは高齢化と象徴の務めへの懸念を述べましたが、天皇は制度への具体的言及を控え、法制度化は政府・国会の手続として進みました。
出題元の学習トピックを確認する2017年の皇室典範特例法は、将来のすべての天皇に共通する恒久的な退位制度を皇室典範へ新設した。
同法は皇室典範第4条の特例として、当時の天皇の退位を実現するために制定された特例法でした。
出題元の学習トピックを確認する退位・即位の日程は2017年に政令で事前に定まり、行政機関や企業などが改元への準備を進める時間を確保できた。
2019年4月30日の退位と5月1日の即位が約1年半前に確定したため、制度・システム面で事前準備が可能になりました。
出題元の学習トピックを確認する新元号『令和』は2019年4月1日に発表されたため、元号も同日から令和へ切り替わった。
4月1日は新元号の発表日で、4月30日までは平成でした。令和が用いられたのは皇位継承日の5月1日からです。
出題元の学習トピックを確認する2019年4月30日の退位で平成という元号は終わったが、人口減少や社会保障、外交・安全保障など平成期の課題まで同時に終わったわけではない。
元号・皇位継承は明確な制度的区切りですが、社会・経済・外交の歴史には令和へ続く連続性があります。
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