第2次安倍政権とアベノミクス―デフレ脱却を掲げた「三本の矢」は何を目指したのか
一言でいうと
2012年12月26日に第2次安倍内閣が発足すると、長く続いたデフレと低成長からの脱却を最重要の経済課題に掲げました。その政策体系は『アベノミクス』と呼ばれ、①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③民間投資を喚起する成長戦略という『三本の矢』を組み合わせることを特徴としました。第一の矢では、政府と日本銀行が2013年1月に共同声明を公表し、日本銀行は消費者物価の前年比上昇率2%を『物価安定の目標』に設定しました。同年4月には黒田東彦総裁のもとで『量的・質的金融緩和(QQE)』を導入し、金融市場調節の操作目標をマネタリーベースへ移し、長期国債やETFなどの買入れを大幅に拡大しました。第二の矢では、政府が公共投資や防災・復興、地域・企業への支援などを含む経済対策を実施し、需要を下支えしようとしました。第三の矢では、2013年の日本再興戦略を出発点に、企業投資、規制改革、コーポレートガバナンス、女性の就業拡大など供給力と成長力を高める政策が進められました。金融緩和は2014年に拡大され、2016年1月には日本銀行が『マイナス金利付き量的・質的金融緩和』を導入し、同年9月には長短金利操作を加えました。平成末までに雇用情勢や企業収益などは大きく改善し、名目GDPも拡大しましたが、物価上昇率は2%目標を安定的に達成するには至りませんでした。また、雇用改善には人口減少による労働供給の縮小も影響し、賃金・消費・生産性などの動きも一様ではありません。したがってアベノミクスを『成功』『失敗』の一語で評価するのではなく、金融・財政・成長政策がそれぞれ何を狙い、経済指標がどのように変化し、どの課題が残ったのかを分けて理解する必要があります。
なぜ第2次安倍政権は『三本の矢』という政策の組合せを掲げたのか
1990年代末以後の日本経済では、物価が持続的に下がるデフレが長く続きました。企業や家計が物価下落を予想すると、投資や消費を先送りしやすくなり、企業収益・賃金・需要の弱さがさらに物価を押し下げる可能性があります。第2次安倍政権は、このデフレと低成長の連鎖を断つことを経済政策の中心に置きました。
アベノミクスの『三本の矢』は、第一が大胆な金融政策、第二が機動的な財政政策、第三が民間投資を喚起する成長戦略です。金融政策で予想物価や金利・資金調達環境に働きかけ、財政政策で短期的な需要を支え、その間に成長戦略で企業の投資や生産性を高める、という役割分担が想定されました。
三つの政策は同じものではありません。金融政策は日本銀行、財政・成長政策は主として政府が担います。また、短期的な景気下支えと中長期的な潜在成長力向上では政策が効く時間軸も異なります。アベノミクスは、一つの政策ではなく複数の政策を同時に動かす枠組みとして理解する必要があります。
第一の矢『大胆な金融政策』は、何を変えようとしたのか
2013年1月22日、政府と日本銀行はデフレ脱却と持続的成長の実現に向けた共同声明を公表しました。日本銀行は同日、消費者物価の前年比上昇率2%を『物価安定の目標』として明確にし、できるだけ早期に実現する方針を示しました。
同年4月4日、日本銀行は『量的・質的金融緩和(QQE)』を導入しました。金融市場調節の操作目標を短期金利からマネタリーベースへ変更し、マネタリーベースや長期国債・ETFの保有額を大幅に増やすことなどを決めました。大規模な資産買入れで長期金利やリスクプレミアムへ働きかけ、企業・家計の資金調達や投資、物価予想を変えることを狙いました。
この政策は従来のゼロ金利政策より踏み込んだ非伝統的金融政策でしたが、金融緩和だけで企業投資や賃金が必ず増えるわけではありません。企業の収益見通し、海外経済、労働市場、家計所得など多くの条件を通じて実体経済へ波及するため、政策効果を金融政策一つだけに帰属させることはできません。
第二・第三の矢は、金融緩和だけでは足りない何を補おうとしたのか
第二の矢である機動的な財政政策では、政府が2013年初めに緊急経済対策を実施し、防災・復興、地域経済、企業投資などへの支出で需要を下支えしました。景気が弱い時期に政府支出を増やし、金融緩和と合わせて企業・家計の活動を押し上げることが狙いでした。
第三の矢である成長戦略は、短期的な需要ではなく中長期の供給力を高めることを目的としました。2013年6月の日本再興戦略では、企業の設備投資、産業の新陳代謝、規制・制度改革、国際展開、人材活用などを通じて民間投資を促す方針が示され、その後も改訂が続きました。
成長戦略には即効性のある政策と、効果が現れるまで時間のかかる制度改革が混在します。さらに、女性の就業、コーポレートガバナンス、農業や医療など広い分野へ対象が拡大しました。安全保障政策はTopic 34、TPPなど通商政策はTopic 35、働き方改革はTopic 37で扱い、ここではアベノミクスの経済政策体系に必要な範囲へ絞ります。
なぜ金融緩和は2016年にマイナス金利まで拡大したのか
QQE導入後、物価はデフレ期から持ち直しましたが、原油価格下落や海外経済の不確実性などもあり、2%目標の安定的な実現には至りませんでした。日本銀行は2014年10月にQQEを拡大し、金融緩和を長期化させました。
2016年1月29日、日本銀行は『マイナス金利付き量的・質的金融緩和』の導入を決めました。金融機関が日本銀行に持つ当座預金の一部へマイナス0.1%の金利を適用し、『量』『質』に『金利』を加えて金融環境をさらに緩和しようとしました。
同年9月には『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』へ枠組みを変更し、短期金利だけでなく長期金利も誘導する仕組みを導入しました。これは2%目標が想定より長期間かかるなか、金融緩和を持続可能な形で続けようとした政策変更でした。
マイナス金利は、預金者の普通預金全体に一律のマイナス金利を課した政策ではありません。日本銀行当座預金の一部に適用する金融政策上の仕組みでした。
平成末までの変化は、アベノミクスの成果と限界をどう示したのか
内閣府の2019年年次経済財政報告は、アベノミクス期にGDPが過去最大規模となり、企業収益が高水準で推移し、雇用者数や賃金など雇用・所得環境が改善したと整理しています。失業率も低い水準まで下がり、企業の人手不足感が強まるなど、労働市場は大きく引き締まりました。
一方で、同じ内閣府報告は物価上昇が緩やかにとどまり、2019年時点で『デフレ脱却』には至っていないと評価しています。日本銀行の2%目標も平成中には安定的に達成されませんでした。また、賃金上昇は雇用改善ほど強くなく、生産性向上も長期的な課題として残りました。
さらに、雇用改善には景気回復だけでなく、生産年齢人口の減少による労働供給の縮小も影響しています。株価、為替、企業収益、GDP、雇用、賃金、物価、家計消費はそれぞれ異なる動きをするため、一つの指標だけを選んでアベノミクス全体を評価することはできません。政策目標と複数の結果を対応させて考えることが重要です。
アベノミクスの評価では、株価や失業率だけ、あるいは物価目標だけで全体を判定しません。金融・財政・成長戦略の目的と、GDP・企業収益・雇用・賃金・物価など複数の指標を分けて見ます。
Review
入試で押さえるポイント
- 2012年12月に第2次安倍内閣が発足し、デフレ脱却を掲げてアベノミクスを進めた。
- アベノミクスの『三本の矢』は、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略である。
- 2013年1月、政府・日本銀行の共同声明とともに、日本銀行は消費者物価前年比2%を『物価安定の目標』とした。
- 2013年4月、日本銀行は量的・質的金融緩和(QQE)を導入し、マネタリーベースや長期国債・ETF買入れを大幅に拡大した。
- 2013年の日本再興戦略などでは、民間投資・規制改革・人材活用などを通じて中長期の成長力を高めることが目指された。
- 2016年1月、日本銀行はマイナス金利付き量的・質的金融緩和を導入した。
- 平成末までに雇用・企業収益などは改善した一方、2%の物価目標は安定的に実現せず、成果・限界を単一指標だけで断定しない。
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- 問1
アベノミクスの三本の矢は、金融政策・財政政策・成長戦略という異なる政策手段を組み合わせ、短期の需要下支えと中長期の成長力向上を同時に狙った。
三本の矢は、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略からなり、担い手や効果が現れる時間軸も異なります。
本文の該当箇所を確認する - 問2
日本銀行は2013年1月に2%の物価安定目標を明確にし、同年4月の量的・質的金融緩和(QQE)でマネタリーベースや資産買入れを大幅に拡大した。
2013年1月の政府・日本銀行共同声明と2%目標の明確化に続き、4月にQQEが導入されました。
本文の該当箇所を確認する - 問3
2016年に導入されたマイナス金利政策は、家計や企業が銀行に預ける普通預金すべてへ一律にマイナス金利を適用する仕組みだった。
マイナス0.1%が適用されたのは金融機関が日本銀行に持つ当座預金の一部で、預金者の普通預金全体に一律適用されたわけではありません。
本文の該当箇所を確認する - 問4
平成末の雇用改善は、景気回復だけでなく、生産年齢人口の減少による労働供給の縮小なども影響したため、アベノミクスだけの効果と断定できない。
雇用情勢の改善には複数の要因があり、本文でも人口構造の変化を含めて理解する必要があるとしています。
本文の該当箇所を確認する - 問5
平成末までに日本銀行の2%物価目標は安定的に達成され、政府もデフレ脱却が完了したと評価していた。
雇用や企業収益などは改善しましたが、2%目標は平成中に安定的に実現せず、2019年時点でもデフレ脱却には至っていないと整理されていました。
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Timeline
関連する年表
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Sources
参考資料
- 第96代 安倍晋三首相官邸
第2次安倍内閣の2012年12月26日発足を確認
- 成長戦略で、明るい日本に!首相官邸
アベノミクスの三本の矢と成長戦略の位置付けを確認
- 2%の『物価安定の目標』日本銀行
2013年1月の2%物価安定目標と政府・日本銀行共同声明を確認
- 2013年以降の『量的・質的金融緩和』のもとでの金融政策日本銀行
2013年4月のQQE導入、2014年拡大、2016年のマイナス金利付きQQEを確認
- 金融市場調節方針に関する公表文 2016年日本銀行
2016年1月のマイナス金利付きQQEと9月の長短金利操作付きQQEを確認
- 令和元年度 年次経済財政報告 第1章第3節・第5節内閣府
平成末の雇用、賃金、生産性、物価、GDP・企業収益など複数指標の動向とデフレ脱却評価を確認
