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平成時代1995〜1998年社会・経済重要度 A

阪神・淡路大震災と災害ボランティア―都市型大災害は行政と市民社会をどう変えたのかはんしんあわじだいしんさいとさいがいぼらんてぃあ としがただいさいがいはぎょうせいとしみんしゃかいをどうかえたのか

一言でいうと

1995年1月17日午前5時46分、兵庫県南部を震源とするマグニチュード7.3の地震が発生し、阪神・淡路大震災は神戸市を中心とする人口・産業の集積地域に甚大な被害をもたらしました。死者6,434人、行方不明3人、負傷者43,792人にのぼり、住宅倒壊や火災だけでなく、道路・鉄道・通信・ライフラインなど都市機能も広範に損なわれました。一方、全国から延べ約138万人のボランティアが被災地に入り、救援物資の仕分け、避難所支援、片付け、高齢者や子どもの支援など多様な活動を担いました。この経験から1995年は『ボランティア元年』とも呼ばれます。震災後には災害対策基本法へボランティア活動環境の整備に関する規定が加わり、1998年には特定非営利活動促進法(NPO法)が成立しました。ただし、NPO法は震災だけを直接の原因として成立したのではなく、市民活動全般に法人格を得やすい制度を整える議論の中で成立したものです。阪神・淡路大震災の重要性は、行政だけでは大規模災害の全てに対応できない現実を示し、地域社会・市民・民間団体を含む『共助』を制度的に位置づける契機になった点にあります。

阪神・淡路大震災は、なぜ都市社会に大きな衝撃を与えたのか

1995年1月17日午前5時46分、淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の兵庫県南部地震が発生しました。神戸市や淡路島の一部では震度7に相当する激しい揺れとなり、政府はこの地震による災害を『阪神・淡路大震災』と呼称しました。

被害は死者6,434人、行方不明3人、負傷者43,792人に達し、10万棟を超える住宅が全壊しました。住宅密集地での倒壊と火災に加え、高速道路、鉄道、港湾、電気、ガス、水道、通信など都市インフラにも大きな被害が出ました。人口と機能が集中する大都市圏で、生活・物流・行政・医療が同時に打撃を受けたことが、この災害の特徴でした。

阪神・淡路大震災は自然現象としての地震だけでなく、住宅・交通・ライフラインが密集する都市社会の弱点を一度に表面化させた災害でした。

大規模災害は、行政だけでは対応しきれない何を示したのか

震災直後には道路や通信の寸断、行政機関自身の被災によって被害状況の把握や救援の調整が難しくなりました。国の非常災害対策本部設置にも地震発生から数時間を要し、後の防災政策では初動体制、情報収集、広域応援、耐震化などの課題が検討されていきます。

同時に、倒壊家屋からの救助や避難生活の支援では、家族、近隣住民、地域団体、企業など行政以外の主体も重要な役割を担いました。大災害では行政による『公助』だけでなく、自分や家族を守る『自助』、地域や市民が支え合う『共助』を組み合わせる必要があることが、強く意識されるようになりました。

なぜ1995年は『ボランティア元年』と呼ばれたのか

震災発生後、全国から学生、会社員、地域団体など多くの人が被災地へ向かいました。兵庫県の調査などでは、発生から約1年間のボランティア参加者は延べ約138万人とされます。救援物資の運搬・配布、瓦礫や家具の片付け、避難所の運営支援、高齢者の話し相手、子どもの遊び相手など、活動内容は被災者の需要に応じて変化しました。

一方で、当時は大量のボランティアを受け入れ、被災者の需要と結びつける仕組みが十分に整っていませんでした。善意だけでは、必要な場所へ必要な支援を届けられるとは限りません。阪神・淡路大震災は、ボランティアの力を示すと同時に、情報共有、調整、活動拠点、行政との連携を整える必要性も示しました。

『ボランティア元年』とは、ボランティアが初めて存在した年という意味ではありません。大規模災害で市民の自発的活動が社会的・制度的に強く認識された転換点を示す表現です。

震災後、災害ボランティアはどのように制度へ位置づけられたのか

1995年の災害対策基本法改正では、国と地方公共団体がボランティアによる防災活動の環境整備に努めることが加えられました。同年12月には1月17日が『防災とボランティアの日』、1月15日から21日が『防災とボランティア週間』とされました。

その後の災害では、社会福祉協議会などを中心に災害ボランティアセンターを設け、被災者の需要を把握して活動希望者と結びつける仕組みが発達していきます。阪神・淡路大震災の経験は、ボランティアを行政の代替として無制限に期待するのではなく、自主性を尊重しながら活動できる条件を整えるという考え方につながりました。

1998年のNPO法は、震災経験とどのようにつながったのか

震災では、法人格を持たない市民団体も多数活動しました。こうした市民活動が継続的に契約を結び、財産を管理し、社会的信用を得るためには、法人格を取得しやすい制度が必要だという問題意識が広がりました。1996年には『市民活動促進法案』が国会へ提出され、1998年3月に特定非営利活動促進法(NPO法)が成立、同年12月に施行されました。

NPO法では災害救援活動も特定非営利活動の一分野に位置づけられました。ただし、法の対象は災害支援だけではなく、福祉、まちづくり、環境、国際協力など幅広い市民活動です。そのため『阪神・淡路大震災がNPO法を生んだ』と一つの原因だけで説明するのは正確ではありません。震災は、市民活動の社会的役割と制度上の課題を広く可視化し、既に進んでいた制度化の議論を強く後押しした重要な契機と捉えるのが適切です。

Review

入試で押さえるポイント

  • 1995年1月17日の兵庫県南部地震による阪神・淡路大震災が、住宅・交通・ライフラインなど都市機能へ甚大な被害を与えたこと
  • 震災後約1年間に延べ約138万人のボランティアが活動し、1995年が『ボランティア元年』と呼ばれたこと
  • 1995年の災害対策基本法改正でボランティア活動環境の整備が位置づけられたこと
  • 1998年にNPO法が成立し、災害救援を含む幅広い市民活動が法人格を取得しやすくなったこと
  • NPO法成立を震災だけの直接的結果とせず、市民活動全般の制度化というより広い流れの中で理解すること

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  1. 問1

    阪神・淡路大震災では住宅被害だけでなく、道路・鉄道・港湾・ライフラインなど都市機能が同時に大きな打撃を受けた。

  2. 問2

    震災の経験から、大規模災害でも行政による公助だけで対応できるため、自助や共助を防災政策で重視する必要はないと考えられるようになった。

  3. 問3

    1995年が『ボランティア元年』と呼ばれるのは、日本でボランティア活動がこの年に初めて始まったからである。

  4. 問4

    1995年の災害対策基本法改正では、国や地方公共団体がボランティアによる防災活動の環境整備に努めることが位置づけられた。

  5. 問5

    1998年のNPO法は阪神・淡路大震災の災害救援団体だけを対象に、その震災だけを直接の原因として制定された法律だった。

Timeline

関連する年表

前後の出来事とつなげて位置を確認できます。

  1. 阪神・淡路大震災が発生する
  2. 阪神・淡路大震災を契機に災害ボランティア活動が広がる
  3. 特定非営利活動促進法(NPO法)が成立する

Sources

参考資料

  1. 『阪神・淡路大震災』特設サイト―平成7年(1995年)兵庫県南部地震の概要気象庁

    発生時刻、マグニチュード、最大震度、人的・住家被害を確認

  2. 令和5年版 防災白書 特集1 第1章 第5節 5-2 阪神・淡路大震災を契機とした政府の初動体制の強化等内閣府

    政府初動体制、耐震化、ボランティア活動環境整備、NPO法など震災後の制度変化を確認

  3. 特集 津波防災の日―ボランティア元年内閣府

    延べ約138万人のボランティア活動、受入体制の課題、災害対策基本法改正を確認

  4. 特定非営利活動促進法(NPO法)のこれまでの経緯内閣府 NPOホームページ

    1995年震災、1996年市民活動促進法案、1998年NPO法成立・施行という制度化の経緯を確認

  5. はじめに―阪神・淡路大震災で認識された『新しい公共』の重要性内閣府

    震災時の市民・企業の支援活動と『共助』の重要性が認識された経緯を確認