政治改革関連法と政党再編―小選挙区比例代表並立制は政党政治をどう変えたのか
一言でいうと
1993年の非自民連立政権成立後、政治改革は具体的な制度変更へ進みました。1994年1月に政治改革関連法が成立し、衆議院選挙は従来の中選挙区制から小選挙区比例代表並立制へ改められることになりました。当初は小選挙区300議席、比例代表200議席とされ、政治資金規正法の改正と政党助成法によって政治資金・政党財政の仕組みも変更されました。しかし制度が変われば直ちに安定した二大政党制になるわけではありません。1994年には自民党・日本社会党・新党さきがけによる村山連立内閣が成立し、旧来の保革対立を越える連立が生まれます。その反対側では新生党、日本新党、民社党、公明党の一部などが新進党へまとまり、1996年には民主党も結成されました。同年10月、新制度による初の総選挙が行われ、自民党239、新進党156、民主党52などの議席構成となります。その後、新進党は解党し、1998年には複数の野党が合流して民主党が再編されました。1990年代の政党政治は、選挙制度が政党集約を促す一方、連立戦略、政策対立、党内対立、既存組織の再配置が重なって再編が続いた時期として理解する必要があります。
1994年の政治改革関連法は、何を変えたのか
細川内閣は政治改革を最優先課題の一つとし、1994年1月に政治改革関連法が成立しました。中心となったのは公職選挙法の改正で、衆議院の中選挙区制を小選挙区比例代表並立制へ改めることが決まりました。当初の定数は500で、小選挙区300、比例代表200です。
改革は選挙制度だけではありません。政治資金規正法の改正では政治資金への規制が見直され、政党助成法によって一定の要件を満たす政党へ国費から政党交付金を交付する制度が設けられました。つまり1994年改革は、候補者個人を中心とする選挙・資金調達から、政党をより重視する政治へ移すことを目指した制度改革でもありました。
政治改革関連法は『小選挙区制の導入』だけではありません。衆議院選挙制度、政治資金規制、政党への公的助成を組み合わせた改革でした。
小選挙区比例代表並立制は、どのような仕組みなのか
小選挙区では一つの選挙区から1人を選び、最も多く得票した候補者が当選します。これに対し比例代表では、政党の得票に応じて議席を配分します。1996年の第41回総選挙では、有権者は小選挙区の候補者と比例代表の政党にそれぞれ投票し、二つの方式で議員が選ばれました。
小選挙区は各選挙区で有力候補を絞る圧力を強める一方、比例代表は小選挙区で勝ちにくい政党にも得票に応じた議席獲得の機会を残します。さらに重複立候補も認められたため、日本の制度は単純な小選挙区制ではありません。制度の特徴を考えるときは、小選挙区と比例代表が並行して存在する点が重要です。
制度改革の直後、なぜ政党の組み合わせがさらに変わったのか
細川内閣の退陣後、羽田孜内閣を経て、1994年6月には自民党、日本社会党、新党さきがけが連立し、社会党委員長の村山富市を首相とする内閣が成立しました。長く対立してきた自民党と社会党が同じ政権に入ったことは、55年体制期の保革対立がそのまま続いていないことを象徴しました。
一方、村山連立に参加しなかった新生党、日本新党、民社党、公明党の一部などは1994年末に新進党へまとまりました。政治改革で新しい選挙制度が決まったことは政党集約を促す一因でしたが、連立政権への参加・離脱、首相指名や政策をめぐる判断も再編を左右しました。政党再編を選挙制度だけの結果とみなすことはできません。
1994年には自民党と社会党が連立し、その外側で新進党が形成されました。政党再編は制度変更と連立戦略が同時に作用した過程です。
1996年の初の新制度選挙は、どのような政党配置を示したのか
1996年9月には、鳩山由紀夫・菅直人らを中心に旧民主党が結成されました。そして10月20日、第41回衆議院議員総選挙が小選挙区比例代表並立制のもとで初めて実施されます。定数500の結果は自民党239、新進党156、民主党52、日本共産党26、社会民主党15、新党さきがけ2などとなりました。
自民党は第1党でしたが単独過半数には届かず、新進党が大きな第2勢力となり、新たに民主党も議席を得ました。新制度は大きな政党同士の競争を促す面を示しましたが、この時点で二大政党制が完成したわけではありません。社会民主党や共産党なども存在し、政党間の合流・分裂はなお続きました。
新進党の解党と1998年民主党再編は、何を示しているのか
新進党は1996年総選挙で156議席を得た大政党でしたが、内部には旧新生党、旧公明党系、旧民社党、日本新党系など異なる政治的背景を持つ勢力が集まっていました。党運営や路線をめぐる対立が続き、1997年末に解党して複数の政党へ分かれます。
1998年4月には、1996年に結成された民主党へ民政党など複数の野党勢力が合流し、民主党が再編されました。この流れは、政治改革後の政党集約が一度で完成したのではなく、離合集散を繰り返しながら進んだことを示します。後に自民党と民主党を軸とする競争が強まりますが、その成立を小選挙区制だけの効果として説明することはできません。選挙制度、連立経験、政策対立、政党組織、議員の移動などが重なった長期的な再編でした。
Review
入試で押さえるポイント
- 1994年に政治改革関連法が成立し、衆議院へ小選挙区比例代表並立制を導入することが決まったこと
- 当初の衆議院定数500は小選挙区300・比例代表200で構成され、政治資金規正法改正と政党助成法制定も政治改革に含まれたこと
- 1994年に自民党・日本社会党・新党さきがけによる村山内閣が成立し、その外側で新進党が形成されるなど政党再編が進んだこと
- 1996年の第41回総選挙が新制度で初めて行われ、自民党239、新進党156、民主党52などとなったこと
- 新進党は1997年末に解党し、1998年には複数野党の合流で民主党が再編され、二大政党化への過程は選挙制度だけでなく連立・分裂・合流など複数要因で進んだこと
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- 問1
1994年の政治改革は衆議院の選挙制度変更だけでなく、政治資金規制の見直しや政党助成制度の導入も含んでいた。
政治改革関連法では公職選挙法だけでなく政治資金規正法も改正され、政党助成法も制定されました。選挙と政治資金を組み合わせた改革でした。
本文の該当箇所を確認する - 問2
小選挙区比例代表並立制では衆議院議員の全員を小選挙区だけで選び、比例代表は政党支持率を示す参考投票にすぎなかった。
小選挙区と比例代表の双方で議員を選び、有権者は候補者と政党にそれぞれ投票します。比例代表も実際の議席配分に使われます。
本文の該当箇所を確認する - 問3
1990年代の政党再編には新しい選挙制度だけでなく、連立参加の判断や政策対立、党内対立なども影響した。
制度変更は政党集約を促す一因でしたが、村山連立への参加・離脱や各党の路線対立なども再編を左右しました。
本文の該当箇所を確認する - 問4
1996年の新制度による初の総選挙で、自民党と新進党以外の政党はほぼ議席を失い、安定した二大政党制が完成した。
民主党、共産党、社会民主党なども議席を得ており、新進党も翌年末に解党しました。政党再編はその後も続きました。
本文の該当箇所を確認する - 問5
新進党が1997年末に解党し、1998年に民主党が再編されたことは、政治改革後の政党集約が一度で完成しなかったことを示している。
大政党が形成されても内部対立や再編が続きました。選挙制度、連立経験、政策や組織の違いが重なり、政党配置は時間をかけて変化しました。
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Sources
参考資料
- 政党助成法 平成6年2月4日法律第5号国立国会図書館 日本法令索引
政党助成法が政治改革関連法として1994年1月29日に成立し、2月4日に公布されたことを確認
- 国会議員定数の変遷衆議院
1994年の小選挙区比例代表並立制導入と、1996年第41回総選挙の定数500(小選挙区300・比例代表200)を確認
- 戦後主要政党の変遷と国会内勢力の推移(資料)国立国会図書館 調査及び立法考査局
1994年新進党結成、1996年民主党結成、第41回総選挙、1997〜1998年の新進党分裂と民主党再編など政党再編の流れを確認
- 政治資金規正法の一部を改正する法律(平成6年法律第4号)衆議院
政治改革関連法に政治資金規正法改正が含まれ、政党・政治資金制度が変更されたことを確認
- 国会議員会派別議員数の推移(1)衆議院衆議院
1996年総選挙後の自民党239、新進党系153前後、民主党52などの国会内勢力を確認
