リーマン・ショックと世界金融危機―輸出依存の日本経済と雇用はなぜ大きな打撃を受けたのか
一言でいうと
2008年9月の米大手証券会社リーマン・ブラザーズの破綻を契機に、国際金融市場の緊張は急速に高まり、信用収縮と景気後退が世界へ広がりました。日本の金融機関は、米欧の大手金融機関と比べるとサブプライム住宅ローン関連の証券化商品の組成・転売への関与が小さく、当初の直接損失も相対的に限られていました。それでも日本経済は大きな打撃を受けます。主な経路は、金融機関の巨額損失そのものより、世界需要と貿易の急減でした。日本では2000年代の景気回復で輸出が重要な役割を果たし、輸出品には自動車、電機、一般機械など、景気悪化時に購入や設備投資を先送りしやすい耐久財・資本財が多く含まれていました。世界的な需要の落ち込みによって輸出が急減すると、製造業は在庫調整と減産を進め、設備投資や企業収益も悪化しました。内閣府は2008年秋以降の日本の生産低下が主要国の中でも大きかった背景として、輸出依存度の上昇だけでなく、輸出の品目構成などを挙げています。生産調整は雇用にも波及し、とくに期間工や派遣労働者など非正規雇用で契約終了・雇止めが問題となり、2009年平均の完全失業率は5.1%へ上昇しました。政府は2008年10月の『生活対策』、12月の『生活防衛のための緊急対策』、2009年4月の『経済危機対策』を打ち出し、日本銀行も政策金利を0.5%前後から0.3%、さらに0.1%前後へ引き下げ、企業金融支援を強化しました。リーマン・ショックは、世界金融危機が貿易・生産・雇用を通じて日本の実体経済へ波及した出来事として捉える必要があります。
リーマン・ショックは、なぜ世界的な金融・経済危機へ広がったのか
米国では2007年ごろから、信用力の低い借り手向け住宅ローンであるサブプライム住宅ローンの延滞増加と住宅価格下落を背景に、住宅ローンを組み込んだ証券化商品の価格が下落しました。これらを大量に保有・取引していた金融機関では損失が拡大し、互いの信用力への不安から資金取引も縮小していきます。
2008年9月15日にリーマン・ブラザーズが経営破綻すると、国際金融市場の緊張は一段と強まりました。日本銀行も、9月中旬の破綻を契機に国際金融市場の緊張が著しく高まり、日本でも金融市場と企業金融の逼迫感が強まったと整理しています。
金融機関が貸出や投資に慎重になり、企業や家計も将来不安から支出を抑えると、金融市場の混乱は実体経済へ波及します。米欧だけでなく新興国でも輸出や内需が悪化し、世界的に景気が同時かつ急速に後退しました。
日本は、なぜ金融機関の直接損失が比較的小さくても深刻な不況になったのか
1990年代後半の日本の金融危機では、国内で積み上がった不良債権と金融機関の経営不安が中心問題でした。これに対し2008年の世界金融危機では、日本の銀行によるサブプライム関連証券化商品の組成・転売への関与は米欧金融機関より小さく、日本銀行は危機前の段階で関連損失を各金融機関の収益や経営体力の範囲内で吸収可能と評価していました。
しかし、世界中で企業や家計が支出を抑えると、日本からの輸出需要が急激に失われました。2000年代の日本経済では外需が景気回復を支えており、自動車、電機、一般機械など輸出型製造業の比重が大きくなっていました。これらは景気後退時に購入や設備投資を延期しやすいため、海外需要の落ち込みが短期間に大きな受注減へつながりました。
内閣府は、日本の輸出依存度自体が欧州の主要国より必ずしも高かったわけではないとしたうえで、輸出依存度の上昇や、自動車・資本財など世界需要の落ち込みの影響を受けやすい品目構成が生産急減の背景にあったと分析しています。『日本は輸出国だから打撃を受けた』だけでなく、どの財を、どの市場へ、どのような景気局面で輸出していたかを見る必要があります。
1997〜98年は国内の不良債権・金融機関危機、2008〜09年は世界金融危機から外需・輸出・生産へ強く波及した局面、という違いを押さえます。
輸出の急減は、生産と企業活動へどう波及したのか
2008年秋以降、世界需要の落ち込みによって日本の輸出は急減しました。海外からの受注が消えると、企業は積み上がった在庫を減らすために生産を強く絞ります。経済産業省の鉱工業生産指数でも、2008年後半から2009年初めにかけて生産が急速に低下しました。
減産は自動車や電機だけにとどまりません。完成品の生産が減れば、部品、素材、物流、設備機械など関連産業への発注も減少します。企業収益の悪化と先行き不安は設備投資を抑え、外需の減少が国内需要へ波及する経路が生まれました。
2009年の内閣府年次経済財政報告は、今回の景気後退では輸出と生産の減少が極めて急速だったことを特徴として挙げています。その後、在庫調整の進展や海外経済の持ち直し、政策効果などから生産は底入れへ向かいますが、雇用や所得への影響は遅れて残りました。
企業の減産は、なぜ雇用不安へつながったのか
生産が急減すると、企業は残業削減、配置転換、採用抑制などで人件費を調整します。とくに契約期間が限られた期間工や派遣労働者などでは、契約更新の停止や雇止めが短期間に表面化しやすく、2008年末には雇用と住居を同時に失う人への支援が大きな社会問題となりました。
政府の『生活防衛のための緊急対策』も、2008年12月時点で雇用情勢が急速に悪化しているとして、離職した派遣労働者などへの住宅・生活支援、雇用維持策を重要課題に位置付けました。2009年平均の完全失業率は5.1%となり、前年より大きく上昇しています。
ただし、非正規雇用の拡大や若年層の不安定就業はリーマン・ショックで初めて生まれた問題ではありません。1990年代からの就職氷河期、労働者派遣制度、企業の雇用調整の変化はTopic 17で扱った長期的背景です。ここでは、世界金融危機が既に存在した雇用構造の上に急激な需要ショックを加えた点を区別します。
政府と日本銀行は、急激な景気悪化にどう対応したのか
政府は危機の深刻化に応じて対策を重ねました。2008年10月30日の『生活対策』では暮らし、金融・経済、地方への支援を掲げ、12月19日の『生活防衛のための緊急対策』では雇用と企業の資金繰りを最重要課題としました。2009年4月10日の『経済危機対策』では、景気の底割れ回避、雇用・金融・社会的弱者への対応などを政策総動員で進めました。
日本銀行も金融市場の安定確保と企業金融の円滑化を進めました。無担保コールレートの誘導目標を2008年10月31日に0.5%前後から0.3%前後へ、12月19日に0.1%前後へ引き下げ、資金供給や企業金融支援のための措置を拡充しました。
これらの政策は、金融市場の機能低下、企業の資金繰り、雇用悪化、需要不足という複数の経路へ対応しようとしたものです。危機後には輸出や生産が持ち直していきますが、雇用・所得への影響や財政支出の評価は別に検討する必要があります。2009年の政権交代と民主党政権の政策は次のTopicで扱います。
Review
入試で押さえるポイント
- 2008年9月のリーマン・ブラザーズ破綻を契機に国際金融市場の緊張が急激に高まり、世界金融危機が深刻化した。
- 日本の金融機関は米欧と比べサブプライム関連への関与・直接損失が相対的に小さかったが、日本経済は外需急減を通じて大きな打撃を受けた。
- 日本の生産急減は、単純な輸出比率だけでなく、自動車・電機・一般機械など景気変動の影響を受けやすい輸出品目の構成とも関係した。
- 輸出減少は減産、在庫調整、企業収益・設備投資の悪化へ波及し、さらに雇用調整を強めた。
- 非正規雇用の雇止めなどが社会問題となり、2009年平均の完全失業率は5.1%へ上昇した。
- 政府は2008年10月・12月、2009年4月に相次いで経済対策を実施し、日本銀行は政策金利を0.3%前後、さらに0.1%前後へ引き下げた。
- 1997〜98年の国内不良債権を中心とする金融危機と、2008〜09年の世界需要・輸出急減を主要な波及経路とする危機を区別する。
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- 問1
2008年9月のリーマン・ブラザーズ破綻を契機に国際金融市場の緊張が一段と高まり、世界的な景気後退が深刻化した。
リーマン破綻後、金融機関の信用不安と資金取引の縮小が強まり、金融市場の混乱が企業・家計の支出や世界貿易へ波及しました。
本文の該当箇所を確認する - 問2
日本経済が深刻な不況になった主因は、日本の銀行が米欧以上のサブプライム関連損失を抱えたことだった。
日本の金融機関の直接損失は米欧と比べ相対的に小さく、日本への大きな波及経路は世界需要の急減による輸出・生産の落ち込みでした。
本文の該当箇所を確認する - 問3
日本の生産急減には輸出量の大きさだけでなく、自動車や資本財など景気後退時に需要が落ち込みやすい品目を多く輸出していたことも関係した。
内閣府は輸出依存度の上昇に加え、自動車・電機・一般機械など世界需要の変動を受けやすい輸出品目の構成も生産急減の背景に挙げています。
本文の該当箇所を確認する - 問4
派遣労働者などの不安定就業はリーマン・ショックによって初めて生まれ、それ以前の就職氷河期や雇用制度の変化とは関係がない。
非正規雇用の拡大や若年層の不安定就業には1990年代からの長期的背景があり、世界金融危機はその雇用構造に急激な需要ショックを加えました。
本文の該当箇所を確認する - 問5
危機への対応として日本銀行は政策金利を引き上げ、政府も景気対策を控えて需要を抑える方針をとった。
日本銀行は政策金利を0.3%前後、さらに0.1%前後へ引き下げ、政府も雇用・企業金融・需要を支える複数の経済対策を実施しました。
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Timeline
関連する年表
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Sources
参考資料
- 平成21年度 年次経済財政報告 第1章 世界経済の変動と日本経済内閣府
世界金融危機後の輸出・生産急減と、日本の輸出依存度・輸出品目構成の影響を確認
- 金融システムレポート(2008年3月号)日本銀行
日本の銀行のサブプライム関連エクスポージャーと損失が米欧に比べ相対的に限定されていたことを確認
- 2008年度の金融市場調節日本銀行
リーマン破綻後の市場緊張、政策金利引下げ、企業金融支援を確認
- 平成21年平均 労働力調査総務省統計局
2009年平均の完全失業率5.1%を確認
- 生活防衛のための緊急対策内閣府
2008年12月時点の雇用・企業金融悪化への政府対応を確認
- 過去の経済対策等内閣府
2008年10月の生活対策、12月の緊急対策、2009年4月の経済危機対策の日付と体系を確認
