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平成時代2006〜2009年政治・外交重要度 B

第1次安倍内閣から「ねじれ国会」へ―2006〜2009年に短期政権が続いたのはなぜかだいいちじあべないかくからねじれこっかいへ にせんろくからにせんきゅうねんにたんきせいけんがつづいたのはなぜか

一言でいうと

2006年9月、小泉純一郎の後を継いで第1次安倍内閣が発足しました。しかし、2007年7月の参議院議員通常選挙では自民党が大きく議席を減らし、民主党が参議院の第1党となりました。衆議院では自民・公明の与党が多数を維持する一方、参議院では野党側が多数を占める『ねじれ国会』が生まれます。法案については憲法59条により一定の場合に衆議院の3分の2以上で再可決できましたが、すべての案件を同じ方法で処理できるわけではありません。2008年の日本銀行総裁人事では、政府が提示した候補が参議院で同意を得られず、人事が難航しました。こうした衆参の多数派の不一致は、野党との協議や日程調整を不可欠にし、政権運営の不確実性を高めました。もっとも、2006〜2009年に安倍・福田・麻生の3内閣がいずれも約1年で終わった理由を、ねじれ国会だけで説明することはできません。第1次安倍内閣は参院選敗北の前後に年金記録問題や閣僚をめぐる問題を抱え、安倍首相は2007年9月に退陣しました。福田内閣はねじれ国会の下で法案・人事をめぐる厳しい調整を続け、2008年9月に退陣します。麻生内閣は同月に発足しましたが、直後から世界金融危機への対応を迫られ、2009年総選挙で自民党が敗北しました。短期政権の連続は、参議院の構成、各内閣固有の政治課題、与党内の事情、世論、そして経済危機などが重なった結果として捉える必要があります。

小泉長期政権の後、第1次安倍内閣はどのような状況で出発したのか

2001年から5年以上続いた小泉内閣の後、安倍晋三は2006年9月26日に内閣総理大臣へ就任しました。衆議院では、2005年の郵政選挙で自民党が大勝したため、自民・公明両党は大きな多数を持っていました。発足時点では、法律案を成立させるうえで強い衆議院基盤を引き継いだといえます。

一方、政権発足後には年金記録問題が大きな政治問題となり、閣僚の辞任なども相次ぎました。2007年参院選では、参議院の公式選挙報告でも年金記録問題や『政治とカネ』などが争点として挙げられています。

したがって、その後の短期政権化を理解する際には、制度としての『ねじれ』が生まれる前から、政権への信頼や個別政策をめぐる問題が積み重なっていたことを押さえる必要があります。

2007年参院選は、国会の力関係をどう変えたのか

2007年7月29日の第21回参議院議員通常選挙で、自民党は改選議席を大きく減らし、民主党は大きく議席を伸ばしました。選挙後、民主党は参議院で第1党となり、自民・公明の与党は参議院の過半数を失いました。

しかし衆議院では、2005年総選挙で得た与党の多数が続いていました。このため、衆議院では与党、参議院では野党側が優位になるという多数派の不一致が生じます。この状態が一般に『ねじれ国会』と呼ばれました。

参議院選挙の敗北後、安倍首相は内閣改造を行いましたが、2007年9月に退陣し、福田康夫が首相となりました。ここから、衆参の異なる多数派を前提として政権を運営する時期が本格化します。

『ねじれ国会』とは単に与野党が対立した状態ではなく、衆議院と参議院で多数を握る政治勢力が異なる状態を指します。

ねじれ国会は、政策決定をどのように難しくしたのか

日本国憲法59条では、法律案について参議院が衆議院と異なる議決をした場合、衆議院が出席議員の3分の2以上で再可決すれば法律となる仕組みがあります。2005年総選挙後の衆議院では与党がこの水準を確保していたため、参議院で否決された法律案でも再可決できる場合がありました。

ただし、国会の意思決定がすべて同じ手続で処理されるわけではありません。予算には衆議院の優越が定められていますが、日本銀行総裁など両院の同意が必要な人事では、一方の院が不同意なら政府案をそのまま成立させることはできません。2008年春の日銀総裁人事では候補者への不同意が重なり、白川方明が4月9日に総裁へ任命されるまで異例の調整が続きました。

また、衆議院で再可決が可能な法案でも、参議院での審議や野党との協議が不要になるわけではありません。福田首相自身も2008年の国会答弁で、予算と関連法案を成立させなければ国民生活に影響すると述べ、厳しい国会運営の下で丁寧に説明する必要性に言及しています。ねじれは政策を全面的に停止させたのではなく、政策決定のコストと不確実性を高めたと捉える方が正確です。

福田内閣は、ねじれ国会の下で何に直面したのか

福田康夫内閣は2007年9月26日に発足しました。参議院の野党多数という条件は発足時から変わらず、政府・与党は重要法案や人事で野党との交渉を迫られました。道路特定財源や税制、日銀人事などをめぐって衆参の議決が食い違う場面が続きました。

この状況では、衆議院の多数だけで政権運営を完結させることは難しくなります。政府が政策を実現するには、衆議院での再可決、参議院側との修正協議、法案提出時期の調整など、案件ごとに異なる対応が必要でした。

福田内閣は2008年8月に内閣改造を行いましたが、翌9月には福田首相が退陣を表明し、在職365日で終わりました。ねじれ国会は政権運営を難しくした重要な条件でしたが、首相交代そのものを制度だけの必然的結果として説明するのは適切ではありません。政権支持、政策課題、与党内の判断など複数の政治要因が作用しました。

麻生内閣まで短期政権が続いた背景は何だったのか

麻生太郎内閣は2008年9月24日に発足しました。衆議院の与党多数と参議院の野党優位という構図は続き、国会運営には引き続き調整が必要でした。さらに発足直前の9月15日には米国のリーマン・ブラザーズが破綻し、世界金融危機が急速に深刻化しました。

麻生内閣は経済対策を優先しながら政権を運営しましたが、国会のねじれに加え、与党内の対立や政権支持の低下など複数の問題に直面しました。2009年8月の衆議院総選挙で自民党は大敗し、民主党を中心とする政権へ交代します。世界金融危機の内容と日本経済への打撃は次のTopic、2009年政権交代と民主党政権の展開はその次のTopicで詳しく扱います。

安倍・福田・麻生の各内閣は、それぞれ366日、365日、358日の在職でした。しかし、3内閣を一つの原因でまとめることはできません。2007年参院選後のねじれは共通する制度的条件の一つであり、そこへ各政権固有の問題、選挙結果、世論、経済情勢が重なったことで、長期安定政権をつくりにくい政治状況が続いたと理解できます。

2006〜2009年の短期政権化は『ねじれ国会だから首相が毎年交代した』と単純化せず、制度的制約と各内閣固有の政治・経済条件を分けて考えます。

Review

入試で押さえるポイント

  • 第1次安倍内閣は2006年9月26日に発足し、2007年参院選後の同年9月に退陣した。
  • 2007年7月29日の参院選で自民・公明の与党が参議院の過半数を失い、民主党が参議院第1党となった。
  • 衆議院では与党多数、参議院では野党側が優位となる多数派の不一致が『ねじれ国会』と呼ばれた。
  • 法律案は一定の場合に衆議院の3分の2以上で再可決できるが、両院同意人事などは同じ仕組みでは処理できない。
  • 2008年の日銀総裁人事の難航は、ねじれ国会が人事にも影響した具体例である。
  • 安倍・福田・麻生の3内閣はいずれも約1年だったが、短期化をねじれ国会だけで説明せず、各内閣固有の政治課題や選挙、世論、経済情勢も区別する。

Check

理解度チェック

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0 / 5 問回答

  1. 問1

    2007年参院選後の『ねじれ国会』は、民主党が衆議院と参議院の両方で多数を占めた状態を指す。

  2. 問2

    ねじれ国会でも、参議院で否決された法律案を衆議院が出席議員の3分の2以上で再可決できる場合があったが、両院同意人事には同じ仕組みを使えなかった。

  3. 問3

    第1次安倍内閣の政治的困難は、2007年参院選で『ねじれ国会』が生まれてから初めて始まり、それ以前には大きな信頼問題はなかった。

  4. 問4

    福田内閣では、衆議院の与党多数だけでは政策運営を完結しにくく、再可決・修正協議・提出時期の調整など案件ごとの対応が必要になった。

  5. 問5

    2006〜2009年に安倍・福田・麻生の各内閣が短命だった理由は、いずれも『ねじれ国会』だけで説明できる。

Timeline

関連する年表

前後の出来事とつなげて位置を確認できます。

  1. 第1次安倍晋三内閣が成立する
  2. 参議院議員選挙で与党が過半数を失い「ねじれ国会」となる
  3. 福田康夫内閣が成立する
  4. 麻生太郎内閣が成立する

Sources

参考資料

  1. 第90代 安倍 晋三首相官邸

    第1次安倍内閣の成立日と改造内閣を確認

  2. 第21回参議院議員通常選挙結果調参議院

    2007年7月29日参院選の争点・結果と民主党が参議院第1党となったことを確認

  3. 日本国憲法衆議院

    第59条の法律案再可決、第60条の予算に関する衆議院の優越を確認

  4. 総裁就任記者会見(2008年4月9日)要旨日本銀行

    日銀総裁人事で不同意が重なり、白川方明が総裁へ就任した経緯を確認

  5. 第169回国会 衆議院 国土交通委員会 第3号 平成20年2月22日国立国会図書館 国会会議録検索システム

    福田首相が予算・関連法案成立と国会運営の厳しさについて述べた答弁を確認

  6. 歴代内閣首相官邸

    第1次安倍・福田・麻生各内閣の在職期間と在職日数を確認