TPP・CPTPP・日EU EPA―平成後期の日本はなぜ広域経済連携を進めたのか
一言でいうと
平成後期、日本の通商政策は二国間・小規模な経済連携協定(EPA)だけでなく、アジア太平洋や欧州をまたぐ広域的な経済連携へ大きく踏み込みました。背景には、WTOのドーハ・ラウンドが長期停滞する一方、企業の生産・調達網が国境を越えて広がり、関税だけでなくサービス、投資、知的財産、電子商取引、政府調達などを共通ルールで扱う必要性が高まったことがありました。日本政府は2010年に環太平洋パートナーシップ(TPP)への参加検討を始め、2011年に交渉参加へ向けた関係国との協議を開始、2013年7月に正式に交渉へ参加しました。農林水産業への影響や食料安全保障、制度変更への懸念が強く、政府は重要品目の扱いや国内対策を交渉・政策課題としました。12か国によるTPPは2015年10月に大筋合意し2016年2月に署名されましたが、2017年1月に米国が離脱を表明したため、そのままでは発効しませんでした。残る11か国は協定内容の一部を凍結して再交渉し、2018年3月に『環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP、TPP11)』へ署名、同年12月30日に発効しました。同時期、日本はEUともEPA交渉を進め、2018年7月に署名、2019年2月1日に日EU EPAが発効しました。日本が広域EPAを重視したのは、市場アクセスを広げるだけでなく、保護主義への対抗、国際的な通商ルール形成、日本企業の海外活動基盤の整備を狙ったためです。ただし、自由化による利益と国内産業への調整負担は同じではなく、農業などへの影響を含む国内政策と一体で見る必要があります。
なぜWTOだけでなく広域FTA・EPAが重視されるようになったのか
1995年に発足したWTOは、多数の加盟国が共通の貿易ルールをつくる多角的貿易体制の中心です。しかし2001年に始まったドーハ・ラウンドは、農業や工業製品などをめぐる先進国・新興国間の利害調整が難航し、包括的妥結が長く実現しませんでした。
その間、各国は二国間・地域間のFTAやEPAを増やしました。企業の国際分業が進むと、関税引下げだけでなく、投資、サービス、知的財産、電子商取引、政府調達、労働・環境など幅広いルールを複数国でそろえる意味が大きくなります。TPPはこうした『21世紀型』の広域ルール形成を目指す交渉の一つでした。
日本にとって広域EPAはWTOを捨てる選択ではありません。WTOの無差別原則を基盤としつつ、合意できる国・地域の間でより高い水準の自由化とルール作りを進め、その成果を国際経済秩序の形成へつなげようとする重層的な通商政策でした。
日本はなぜTPP交渉へ参加し、国内で何が争点になったのか
日本政府は2010年11月の『包括的経済連携に関する基本方針』でTPPについて関係国との情報収集・協議を進める方針を示しました。2011年11月、野田佳彦首相は交渉参加に向けて関係国との協議に入る方針を表明し、第2次安倍政権は2013年3月に交渉参加を正式表明しました。
2013年7月23日、日本はマレーシアのコタキナバルで開かれていた第18回交渉会合から正式参加しました。政府は、成長するアジア太平洋市場へのアクセス、日本企業が活動しやすい共通ルールの形成、国際的なルール作りへの参加を重視しました。
一方、TPPは高水準の関税撤廃を掲げたため、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物など農林水産業への影響が大きな争点となりました。医療・保険、食の安全、知的財産などへの懸念も示されました。したがって参加問題は、輸出企業の利益と農業保護という単純な二項対立ではなく、分野ごとに異なる利益・負担と国内制度をどう調整するかという問題でした。
12か国TPPはなぜ署名まで進みながら発効しなかったのか
日本を含む12か国のTPP交渉は、2015年10月のアトランタ閣僚会合で大筋合意に達し、2016年2月4日にニュージーランドのオークランドで協定へ署名しました。協定は物品関税だけでなく、サービス、投資、知的財産、電子商取引、国有企業、労働、環境など広い分野を対象としました。
しかし、署名しただけでは協定は発効しません。各国で批准などの国内手続が必要でした。米国ではTPPへの反対が2016年大統領選の争点となり、2017年1月、就任したドナルド・トランプ大統領がTPPからの離脱を指示しました。
もとのTPP協定は米国を含む経済規模を前提に発効条件が設計されていたため、米国離脱後に12か国協定のまま発効させることはできませんでした。ここで重要なのは、2016年に署名されたTPPと、後に11か国で成立したCPTPPを同じ協定・同じ加盟国構成として扱わないことです。
TPP(12か国、2016年署名)とCPTPP/TPP11(米国を除く11か国、2018年署名)は連続した交渉ですが、同一の加盟国構成・同一の協定ではありません。
米国離脱後、なぜ11か国はCPTPPを成立させたのか
米国離脱後、日本は残る11か国による協定発効を積極的に働きかけました。2017年11月のベトナム・ダナンで、11か国はTPPの高い水準のルールをできるだけ維持しつつ、一部の規定を凍結する新たな協定について大筋合意しました。
2018年3月8日、11か国はチリのサンティアゴでCPTPPへ署名しました。CPTPPはTPPの大部分の条文を取り込みながら、米国が強く求めていた知的財産分野などの一部規定を停止しました。同年12月30日、批准条件を満たした6か国の間で発効し、日本も最初の発効国に含まれました。
CPTPP成立は、米国不在でもアジア太平洋地域で高水準の通商ルールを維持し、保護主義の広がりに対抗するという政治的意味を持ちました。一方、米国市場を含まないため、12か国TPPで想定された経済規模や市場アクセスがそのまま維持されたわけではありません。
日EU EPAは、なぜ太平洋を越えた経済連携と並行して進められたのか
日本とEUは2013年にEPA交渉を開始し、2017年に大枠合意・交渉妥結へ進みました。2018年7月17日、東京で安倍晋三首相、ドナルド・トゥスク欧州理事会議長、ジャン=クロード・ユンカー欧州委員長が日EU EPAへ署名し、2019年2月1日に発効しました。
日EU EPAも物品関税だけの協定ではありません。サービス、投資環境、電子商取引、政府調達、競争政策、知的財産、中小企業など幅広い分野のルールを整え、日本とEUの間の貿易・投資を円滑にする枠組みでした。
CPTPPと日EU EPAが平成末に相次いで発効したことは、日本の通商政策が『市場を開く』だけでなく、複数国・地域と共通ルールを形成する経済外交へ比重を移したことを示します。ただし、関税削減による消費者・輸出企業への利益と、競争に直面する国内産業の調整負担は異なります。広域経済連携は国内の農業・産業政策と切り離して評価できません。
Review
入試で押さえるポイント
- WTOドーハ・ラウンドの停滞と国際分業の深化を背景に、関税以外のルールも含む広域FTA・EPAの重要性が高まった。
- 日本は2013年3月にTPP交渉参加を表明し、同年7月から正式に交渉へ参加した。
- TPP交渉では農林水産業への影響や重要品目、知的財産・制度変更などが国内の主要争点となった。
- 12か国TPPは2015年に大筋合意、2016年に署名されたが、2017年の米国離脱によりそのままでは発効しなかった。
- 米国を除く11か国はCPTPPをまとめ、2018年3月に署名、同年12月30日に発効した。
- TPPとCPTPPは参加国構成と一部規定が異なるため、同一の協定として扱わない。
- 日EU EPAは2018年7月に署名され、2019年2月1日に発効し、物品・サービス・電子商取引など幅広い経済ルールを整備した。
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- 問1
日本がTPPや日EU EPAなどの広域経済連携を進めたことは、WTOによる多角的貿易体制を捨てたことを意味する。
広域EPAはWTOを代替して放棄する政策ではなく、WTOを基盤としつつ、合意可能な国・地域でより高い水準の自由化や共通ルール形成を進める重層的な通商政策でした。
本文の該当箇所を確認する - 問2
日本は2011年の野田首相による方針表明の時点ですでにTPP交渉へ正式参加しており、2013年は交渉参加後の批准段階だった。
2011年は交渉参加に向けた関係国との協議へ入る方針表明で、正式参加は2013年7月の第18回交渉会合からです。
本文の該当箇所を確認する - 問3
12か国のTPPは2016年に署名されたが、米国の離脱によって当初の発効条件を満たせず、そのままでは発効しなかった。
署名だけでは発効せず、米国離脱後は12か国TPPの発効条件を満たせなくなったため、残る11か国でCPTPPが再構成されました。
本文の該当箇所を確認する - 問4
CPTPPは、米国を除いた点を除けば2016年署名のTPPと完全に同一で、規定の停止や調整は行われなかった。
CPTPPはTPPの大部分を引き継ぎましたが、米国が強く求めていた知的財産分野など一部規定を停止して成立しました。
本文の該当箇所を確認する - 問5
日EU EPAは関税削減だけでなく、サービス、電子商取引、政府調達、知的財産など幅広い経済ルールを対象とし、2019年2月に発効した。
日EU EPAは広範な経済ルールを整備する協定で、2018年7月に署名され、2019年2月1日に発効しました。
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Timeline
関連する年表
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Sources
参考資料
- TPPの動き(2013年)TPP等・米国関税措置総合対策本部事務局
2013年3月の交渉参加表明と7月の正式な交渉参加を確認する。
- 環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉外務省
12か国TPPの交渉、大筋合意、署名と米国離脱後の経緯を確認する。
- CPTPPをめぐる状況についてTPP等・米国関税措置総合対策本部事務局
TPPからCPTPPへの交渉経緯、2018年署名・発効を確認する。
- TPPの動き(2018年)TPP等・米国関税措置総合対策本部事務局
2018年3月のCPTPP署名と国内手続を確認する。
- 外交青書2019 第3章第3節 経済外交外務省
CPTPP、日EU EPAと広域経済連携を通じたルール形成の位置づけを確認する。
- 日・EU経済連携協定(EPA)外務省
2018年7月17日の署名と2019年2月1日の発効、協定本文を確認する。
