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平成時代1995〜2000年代社会・経済重要度 A

WTO・海外生産と中国経済の台頭―グローバル化は日本企業と東アジア経済をどう変えたのかだぶりゅーてぃーおーかいがいせいさんとちゅうごくけいざいのたいとう ぐろーばるかはにほんきぎょうとひがしあじあけいざいをどうかえたのか

一言でいうと

1995年1月、ウルグアイ・ラウンドの合意を受けて世界貿易機関(WTO)が発足しました。GATTが主に物品貿易を扱ってきたのに対し、WTO体制ではサービスや知的財産も含むルールと、貿易紛争を処理する仕組みが整えられ、貿易・投資の国際的な制度基盤が強まりました。ただし、日本企業の海外生産はWTO発足から突然始まったものではありません。1980年代の貿易摩擦と円高を背景にすでに進んでおり、1990年代以降は為替、海外市場の成長、現地生産によるコストや輸送面の利点、取引先企業の進出など複数の要因からさらに拡大しました。日本企業は完成品を日本から輸出するだけでなく、部品や素材を複数国で調達し、東アジアの工場で生産・組立てし、域内や世界市場へ販売する生産ネットワークを広げていきます。2001年12月に中国がWTOへ加盟すると、中国は世界的な貿易・投資ルールへ一層組み込まれ、日本企業にとっても生産拠点・調達先・販売市場としての重要性が急速に高まりました。しかし『日本の工場がすべて中国へ移った』『WTO加盟だけで中国経済が成長した』と説明するのは不正確です。日本国内に研究開発や高付加価値部品、生産設備などが残る一方、海外生産の増加が国内の産業構造や地域雇用へ調整圧力を及ぼす場合もありました。平成期のグローバル化は、国内生産と海外生産を単純に入れ替えたのではなく、日本と東アジアの企業・工場・市場を国境を越える分業網として結び直した変化として捉える必要があります。

1995年のWTO発足で、国際貿易のルールは何が変わったのか

第二次世界大戦後の貿易自由化は、関税と貿易に関する一般協定(GATT)を中心に進められてきました。1986年からのウルグアイ・ラウンド交渉では、物品の関税だけでなく、サービス貿易、知的財産、農業など幅広い分野が交渉対象となり、その成果を実施する常設機関として1995年1月1日にWTOが発足しました。

WTOは加盟国間の貿易協定を運用し、交渉の場を提供するとともに、紛争解決手続を制度化しました。企業が直接WTOから海外進出を命じられるわけではありませんが、各国の貿易政策を共通ルールの下で予測しやすくすることは、企業が国境を越えて調達・生産・販売を行う環境の重要な一部となりました。

WTOは海外生産の単一原因ではなく、国境を越える貿易・投資活動を支える国際ルールの重要な基盤でした。

なぜ日本企業の海外生産は1990年代以降も拡大したのか

日本企業の海外生産は昭和末から続く長期変化です。1980年代後半には日米貿易摩擦と円高を背景に、自動車や電機などで販売市場に近い場所へ工場を建てる動きが強まりました。平成期にはそれに加え、東アジア市場の成長、現地の生産コスト、部品供給網、為替変動への対応、取引先企業の海外進出などが重なりました。

経済産業省の海外事業活動調査を使った長期系列でも、日本製造業の海外生産比率は1990年代から2000年代にかけて上昇しています。ただし業種差は大きく、自動車・電機など海外展開が進んだ産業と、国内中心の産業を同じように扱うことはできません。

したがって『円高だから海外へ出た』とも『安い労働力だけを求めた』とも単純化できません。市場の近くで生産すること、貿易摩擦を避けること、調達網を築くことなど、企業ごと・産業ごとに異なる理由が組み合わさっていました。

海外生産の拡大は、東アジアにどのような分業をつくったのか

海外生産が増えると、完成品を一国で最初から最後まで作るとは限らなくなります。日本で設計や高機能部品、生産設備を担い、東アジアの別の国・地域で部品を加工し、さらに別の工場で組み立てて販売するというように、工程を国境を越えて分担する動きが広がりました。

このため海外工場の増加は、日本からの輸出が単純に減ることだけを意味しません。海外工場へ日本製の部品・素材・製造装置を輸出したり、現地法人から完成品や部品を日本へ輸入したりする企業内・企業間取引も増えます。日本経済と東アジア経済は、生産拠点を奪い合うだけでなく、相互に部品や製品を供給するネットワークとして結びつきを強めました。

一方で、国内の工場縮小や産業集積の変化が地域雇用へ影響する場合もあり、『産業の空洞化』への懸念が繰り返し議論されました。海外展開には国内生産を補完する面と、国内の一部生産を置き換える面の両方がありました。

2001年の中国WTO加盟は、なぜ日本企業に大きな意味を持ったのか

中国は改革開放政策の下で1980年代から経済成長と外資導入を進めていました。したがって中国経済の台頭が2001年から突然始まったわけではありません。しかし2001年12月11日に中国がWTOの143番目の加盟国となったことは、中国が世界の貿易ルールへより深く組み込まれる重要な節目でした。

加盟に伴う関税引下げや市場開放などへの期待から、世界各国の企業が中国での生産・販売を拡大しました。日本企業にとっても中国は、低コスト生産の拠点というだけでなく、部品調達先、輸出先、成長する消費市場として重要性を増していきました。2000年代には中国に立地する日系現地法人の企業数や売上高の存在感も急速に高まりました。

この変化は、中国一国だけで完結しません。ASEAN、韓国、台湾などを含む東アジアの生産網の中で中国の位置が大きくなり、日本企業も複数国にまたがって調達・生産・販売を組み合わせるようになりました。

グローバル化で、日本の製造業は『海外へ消えた』のか

海外生産比率が上昇しても、日本国内の製造業が一様に消えたわけではありません。研究開発、高度な部品・素材、生産設備、国内市場向け生産など、国内に残る機能もあり、海外拠点と国内拠点が相互に取引する企業も増えました。

その一方で、低価格品や量産工程の海外移転、輸入競争の拡大は、国内の企業や地域産業へ厳しい調整を迫ることもありました。影響は業種、地域、企業規模によって異なります。『グローバル化で日本が衰退した』『海外進出で日本企業が強くなった』のどちらか一方だけでは、この変化を説明できません。

平成期には、貿易の自由化と企業の国際展開が進み、日本経済を国内だけで完結する仕組みとして捉えにくくなりました。この東アジア規模の生産・市場統合は、その後のEPAやTPPなど経済連携を考える前提にもなりますが、それらの制度は後続Topicで扱います。

平成のグローバル化は『国内生産から海外生産への単純な置換』ではなく、日本と東アジアを工程・部品・投資・市場で結ぶ国際分業の深化でした。

Review

入試で押さえるポイント

  • WTOが1995年1月1日に発足し、物品だけでなくサービス・知的財産を含む貿易ルールと紛争解決の制度を担ったこと
  • 日本企業の海外生産は昭和末から始まっており、平成期には円高だけでなく市場接近、コスト、貿易摩擦、部品供給網など複数の要因で拡大したこと
  • 海外生産の拡大によって、日本と東アジアの間で部品・素材・完成品を国境を越えてやり取りする生産ネットワークが発達したこと
  • 中国が2001年12月11日にWTOへ加盟し、日本企業にとって生産拠点・調達先・販売市場としての重要性を高めたこと
  • 中国の経済成長をWTO加盟だけで説明せず、日本の海外生産拡大も国内製造業の一律な消滅と同一視しないこと

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  1. 問1

    1995年に発足したWTOは、物品貿易だけでなくサービスや知的財産を含むルールと紛争解決の仕組みを担った。

  2. 問2

    日本企業の海外生産はWTOが発足した1995年に初めて本格化し、それ以前にはほとんど進んでいなかった。

  3. 問3

    海外生産の拡大は、日本からの輸出を単純に減らすだけでなく、部品・素材・完成品を国境を越えてやり取りする生産ネットワークを発達させた。

  4. 問4

    中国の経済成長と外資導入は2001年のWTO加盟によって初めて始まった。

  5. 問5

    海外生産比率が上昇しても、日本国内には研究開発や高付加価値部品、生産設備などの機能が残り、海外拠点との相互取引も続いた。

Timeline

関連する年表

前後の出来事とつなげて位置を確認できます。

  1. 世界貿易機関(WTO)が発足する
  2. 円高とグローバル化を背景に企業の海外生産が拡大する
  3. 中国が世界貿易機関(WTO)へ加盟する

Sources

参考資料

  1. WTO Fact FileWorld Trade Organization

    WTOの1995年1月1日発足、ウルグアイ・ラウンドを起源とすること、主要機能を確認

  2. The history of the multilateral trading systemWorld Trade Organization

    GATTからWTOへの制度変化、サービス・知的財産・紛争解決を含む制度拡張を確認

  3. Accessions: ChinaWorld Trade Organization

    中国が2001年12月11日にWTO第143番目の加盟国となったことを確認

  4. 第26回海外事業活動基本調査結果概要速報―平成7(1995)年度実績―経済産業省

    1990年代半ばの日本企業の海外進出・海外生産の状況を確認

  5. 通商白書2023年版 第II部第1章第1節 我が国を取り巻くグローバル・バリューチェーンの強靱化経済産業省

    貿易摩擦、為替、製造コスト、海外市場など複数要因による海外生産シフトと、1990年代以降の海外生産比率上昇を長期系列で確認

  6. 通商白書2020年版 第II部第1章第2節 サプライチェーンにおける集中度の高まり経済産業省

    2000年代に中国所在の日系現地法人の企業数・売上額の存在感が急速に高まったことと、中国を含むサプライチェーンの形成を確認