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平成時代2005〜2012年を中心に政治・外交重要度 A

中国経済の台頭と尖閣諸島をめぐる日中緊張―2000年代の日中関係はなぜ経済依存と政治対立を併せ持ったのかちゅうごくけいざいのたいとうとせんかくしょとうをめぐるにっちゅうきんちょう にせんねんだいのにっちゅうかんけいはなぜけいざいいぞんとせいじたいりつをあわせもったのか

一言でいうと

2000年代の日中関係には、経済的な結び付きが急速に深まる一方で、歴史認識や安全保障、東シナ海をめぐる対立が繰り返し表面化するという二面性がありました。中国は改革開放と2001年のWTO加盟を背景に高い経済成長を続け、日本企業の生産・販売拠点として、また巨大な輸出入市場として重要性を増しました。2010年の日中貿易は過去最高を更新し、同年、中国のドル建て名目GDPは日本を上回って世界第2位となりました。しかし、経済的相互依存が政治的対立を自動的に解消したわけではありません。2005年には中国各地で対日抗議デモが起こり、日本公館や日系企業にも被害が生じました。その後、2006年の安倍晋三首相訪中を契機に両政府は『戦略的互恵関係』の構築を掲げ、2008年には包括的推進を確認する共同声明を発表しました。ところが2010年9月、尖閣諸島周辺で中国漁船と海上保安庁巡視船が衝突し、船長の逮捕・釈放をめぐって日中関係は急速に緊張しました。2012年9月には日本政府が魚釣島・北小島・南小島の民法上の所有権を民間所有者から国へ移し、中国政府が強く反発、中国各地で大規模な対日抗議デモが発生しました。尖閣諸島について、日本政府は日本固有の領土であり解決すべき領有権問題は存在しないとの立場を取り、中国政府と台湾当局はそれぞれ自らの主権を主張しています。本Topicではどれか一方の主張を中立的事実として扱わず、日本が島々を行政管理している現状と各当事者の主張を区別します。2000年代の日中関係は、貿易・投資・生産ネットワークによる相互依存と、歴史・安全保障・領土をめぐる政治的な不信が同時に存在し得ることを示したのです。

中国経済の成長は、日本との関係をどう変えたのか

中国は1978年以後の改革開放を進め、2001年のWTO加盟後には世界の貿易・生産ネットワークへの統合をさらに深めました。日本企業も中国での生産や販売を拡大し、部品・素材・機械の輸出と、中国からの製品輸入が増えました。WTO加盟と国際分業の形成そのものはTopic 15で扱います。

日中間の貿易規模は大きく拡大し、2010年の日中貿易は財務省統計を基にしたジェトロの集計で初めて3,000億ドルを超え、当時の過去最高を更新しました。中国は日本企業にとって生産拠点であるだけでなく、成長する消費市場としても存在感を高めていきました。

中国の経済規模そのものも急速に拡大し、2010年にはドル建て名目GDPで日本を抜いて世界第2位となりました。この変化は、日中関係が『日本から中国への支援』を中心に考えられた時期から、巨大な経済力を持つ隣国同士の相互依存へ移ったことを象徴しています。

経済交流が増えていたのに、なぜ2005年には対立が表面化したのか

経済交流の拡大と国民感情の改善は同じ速度では進みませんでした。2005年4月、中国各地で対日抗議デモが発生し、日本公館や日系企業などが投石等の被害を受けました。外務省は中国政府に安全確保、再発防止などを申し入れました。

当時の日中関係には、歴史認識をめぐる対立、東シナ海の資源開発、日本の国連安全保障理事会常任理事国入りをめぐる議論など複数の争点が重なっていました。1990年代の歴史認識政策そのものはTopic 9で扱いますが、過去をどう記憶するかという問題が2000年代の外交や世論にも影響し続けたことは重要です。

つまり、貿易や企業活動が緊密になれば政治関係も自動的に安定する、という単純な関係ではありませんでした。経済上は協力の利益が大きくても、歴史認識、安全保障、海洋権益などは別の政治的論理で対立を生み得ました。

『戦略的互恵関係』は、何を目指した外交だったのか

2006年10月、安倍晋三首相が中国を訪問し、日中両政府は『共通の戦略的利益に立脚した互恵関係』の構築に努力することで一致しました。共同プレス発表は、日中間の交流と協力が拡大し、相互依存が深まっているとの認識も明記しています。

2007年の温家宝首相訪日、同年末の福田康夫首相訪中を経て、2008年5月には胡錦濤国家主席が訪日し、『戦略的互恵関係』を包括的に推進する共同声明が発表されました。両国は政治的な相互信頼だけでなく、環境、エネルギー、経済、防災、地域・国際問題など幅広い協力を進めようとしました。

これは対立点が消えたことを意味しません。むしろ、意見の違いが存在しても共通利益のある分野では協力し、関係全体を安定させようとする枠組みでした。2008年には東シナ海資源開発についても、双方の法的立場を損なわずに協力するための了解が成立しています。

『戦略的互恵関係』は、日中間の対立が解消したという意味ではなく、対立を抱えながら共通利益を拡大しようとした関係管理の枠組みとして捉えます。

2010年の中国漁船衝突事件は、なぜ日中関係を急速に緊張させたのか

2010年9月7日、尖閣諸島周辺で中国トロール漁船と海上保安庁の巡視船『よなくに』『みずき』が衝突しました。石垣海上保安部は中国漁船の船長を公務執行妨害容疑で逮捕し、那覇地方検察庁へ送致しました。9月24日に那覇地検は船長の釈放を発表し、翌25日に船長は帰国しました。

この事件は刑事手続だけの問題にとどまりませんでした。尖閣諸島について、日本政府は日本固有の領土で領有権問題は存在しないとの立場を取り、中国政府は『釣魚島』として中国の領土であると主張しています。台湾も『釣魚台』として主権を主張しています。こうした立場の違いがあるため、船長の逮捕や取締り自体についても日中両政府の評価は大きく異なりました。

事件後、首脳交流や各種交流にも影響が及び、東シナ海をめぐる安全保障上の緊張が強く意識されるようになりました。一方、同じ2010年には日中貿易が過去最高を更新しています。経済関係の深さと政治・安全保障上の緊張が同時に存在するという、このTopicの中心的な特徴が最も明確に現れた局面でした。

2012年の所有権移転は、なぜさらに大きな外交対立へつながったのか

2012年9月11日、日本政府は尖閣諸島のうち魚釣島・北小島・南小島の民法上の所有権を民間所有者から国へ移しました。日本政府は、島々を平穏かつ安定的に維持・管理するための所有権移転だと説明しました。

中国政府はこの措置を強く非難し、領土主権の侵害だとの立場を表明しました。中国各地では大規模な対日抗議デモが起こり、日本公館、日系企業、店舗や車両などへの暴力・破壊行為も発生しました。政治的対立は企業活動や在留邦人の安全にも直接影響する問題となりました。

また、2012年9月以後、中国公船が尖閣諸島周辺の接続水域に入る頻度が大きく増え、日本側は海上保安庁による警戒と外交抗議を続けました。この時期を境に、尖閣をめぐる問題は一時的な外交摩擦だけでなく、東シナ海で継続的に管理すべき安全保障上の課題という性格を強めました。

尖閣諸島については、日本が行政管理している現状と、日本・中国・台湾それぞれの主権に関する立場を区別します。サイト本文が特定当事者の主張をそのまま中立的事実として採用することはしません。

Review

入試で押さえるポイント

  • 中国は2001年のWTO加盟後も高い経済成長を続け、2010年にはドル建て名目GDPで日本を抜いて世界第2位となった。
  • 日中貿易は拡大し、2010年には総額3,000億ドルを超えて当時の過去最高を更新した。
  • 2005年には中国各地で対日抗議デモが起こり、日本公館や日系企業にも被害が生じた。
  • 2006年以後、日中両政府は『戦略的互恵関係』を掲げ、2008年の共同声明で包括的推進を確認した。
  • 2010年9月7日に尖閣諸島周辺で中国漁船と海上保安庁巡視船が衝突し、船長逮捕・釈放をめぐって日中関係が緊張した。
  • 2012年9月11日に日本政府が魚釣島・北小島・南小島の民法上の所有権を国へ移すと、中国政府が強く反発し、中国各地で対日抗議デモが起きた。
  • 尖閣諸島は日本が行政管理している一方、日本政府・中国政府・台湾当局の主権に関する立場は異なるため、それぞれの主張を区別して扱う。

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0 / 5 問回答

  1. 問1

    日中間の貿易や企業活動が拡大したため、2000年代には歴史認識や安全保障をめぐる政治的対立も自動的に解消した。

  2. 問2

    『戦略的互恵関係』は、日中間の意見の違いが残っていても、共通利益のある分野で協力して関係を安定させようとする枠組みだった。

  3. 問3

    2010年の中国漁船衝突事件は日本国内の刑事手続だけの問題として終わり、日中外交や交流には影響しなかった。

  4. 問4

    2012年9月、日本政府は魚釣島・北小島・南小島の民法上の所有権を民間所有者から国へ移し、中国政府はこの措置に強く反発した。

  5. 問5

    尖閣諸島を日本が行政管理しているため、中国政府や台湾当局は主権を主張しておらず、各当事者の立場を区別する必要はない。

Timeline

関連する年表

前後の出来事とつなげて位置を確認できます。

  1. 中国が世界貿易機関(WTO)へ加盟する
  2. 尖閣諸島沖で中国漁船衝突事件が起こり日中関係が緊張する
  3. 政府が尖閣諸島の一部を国有化する

Sources

参考資料

  1. 日中共同プレス発表外務省

    2006年の日中首脳会談で相互依存の深化を確認し、戦略的互恵関係の構築で一致したことを確認

  2. 『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明外務省

    2008年の日中共同声明の内容を確認

  3. 外交青書2006 中国各地における日本公館及び日系企業等に対する暴力的行為外務省

    2005年4月の中国各地での対日抗議デモと日本公館・日系企業への被害を確認

  4. 世界経済の潮流 2012年I 第2章第2節 中国経済内閣府

    中国が2010年に日本を抜いて世界第2位の経済規模となったことを確認

  5. 輸出入ともに過去最高を更新、総額3,000億ドルを突破―10年の日中貿易―日本貿易振興機構(JETRO)

    2010年の日中貿易総額が初めて3,000億ドルを超えたことを確認

  6. 外交青書2011 中国・モンゴルなど外務省

    2010年9月7日の中国漁船衝突事件、船長逮捕・送致・釈放の経緯を確認

  7. 尖閣諸島情勢に関するQ&A外務省

    日本政府の尖閣諸島に関する立場と2012年の三島所有権移転に関する説明を確認

  8. 外交部发言人刘为民就日本政府拟『购买』钓鱼岛答记者问中華人民共和国外交部

    尖閣諸島(中国名・釣魚島)と2012年の所有権移転構想に対する中国政府の公式立場を確認

  9. R.O.C. (Taiwan) Government Position and Strategy中華民国(台湾)外交部

    尖閣諸島(台湾名・釣魚台)に対する台湾当局の主権主張と平和的解決を求める公式立場を確認

  10. Japan-U.S. Relations: Issues for Congress米国議会調査局(CRS)

    尖閣諸島を日本が行政管理し、中国・台湾も主権を主張しているという第三者機関の整理を確認

  11. 尖閣諸島周辺海域における中国公船等の動向と我が国の対処海上保安庁

    2010年衝突事件と2012年9月以後の中国公船の活動増加について確認