学校週5日制・『ゆとり教育』と国立大学法人化―平成の教育制度はなぜ再編されたのか
一言でいうと
平成前半の教育改革では、学校の授業日や教育課程、大学入試、国立大学の運営制度まで幅広い見直しが進みました。学校週5日制は1992年に月1回、1995年に月2回へ段階的に導入され、2002年4月から公立学校で完全実施されました。同時期の学習指導要領改訂では、基礎・基本を重視して教育内容を厳選し、総合的な学習の時間や選択学習を取り入れながら、知識量だけでなく自ら学び考える力を育てることが目標とされました。こうした改革は一般に『ゆとり教育』と呼ばれますが、これは一つの正式な政策名ではなく、学校週5日制、授業時数や教育内容の見直し、総合的な学習の時間など複数の改革をまとめて指す通称として扱う必要があります。大学では、1990年に大学入試センター試験が始まり、国公私立大学が共通試験を利用できる仕組みが広がりました。さらに2003年に国立大学法人法が成立し、2004年4月には国立大学が国の行政組織の一部という従来の形から、大学ごとの国立大学法人へ移行しました。学校教育と大学法人化は別々の制度改革ですが、少子化、国際化・情報化、生涯学習社会への移行、大学間競争や行政改革などに対応し、全国一律の制度だけに依存せず、学校や大学の裁量・特色を広げようとした点で平成の教育再編を象徴しています。ただし、学力の変化を『ゆとり教育』だけの結果とみなしたり、法人化を大学の完全な民営化と理解したりするのは適切ではありません。
なぜ1990年代に教育制度の見直しが進んだのか
1990年代の日本では、少子化が進む一方、国際化・情報化や産業構造の変化が進み、学校で一度身に付けた知識だけで長い人生を支えるのではなく、生涯にわたって学び続ける力が重視されるようになりました。教育政策でも、知識を一方向に教えることだけでなく、自ら考え、判断し、問題を解決する力を育てることが課題として掲げられました。
学校制度では、学校だけに教育を集中させるのではなく、家庭・地域社会との役割分担を見直す議論も進みました。学校週5日制は単なる休日増加策ではなく、学校・家庭・地域がそれぞれの教育機能を担い、子どもが学校外でも体験や学習の機会を得るという考え方と結び付いていました。
高等教育でも、18歳人口の減少や大学進学の拡大、国際的な研究競争、行政改革などを背景に、大学ごとの特色や自主的な運営をどう強めるかが課題になりました。したがって、平成の教育再編は一つの改革方針から一斉に始まったのではなく、初等中等教育と高等教育がそれぞれ異なる問題へ対応した複数の改革として理解する必要があります。
平成の教育改革を一つの政策へまとめず、学校教育と大学制度がそれぞれ異なる課題へ対応した改革だったことを押さえます。
学校週5日制は、どのように段階的に導入されたのか
学校週5日制は2002年に突然始まった制度ではありません。1992年9月から、まず毎月第2土曜日を休業日とする月1回の学校週5日制が導入されました。1995年4月には第2・第4土曜日を休業日とする月2回へ拡大され、学校・家庭・地域が新しい生活リズムへ対応できるよう段階的に進められました。
1998〜1999年に改訂された学習指導要領の実施に合わせ、2002年4月から公立の小学校・中学校・高等学校などで原則としてすべての土曜日が休業日となり、完全学校週5日制が実施されました。制度上は、授業を6日間から5日間へ単純に詰め込むのではなく、教育内容や授業時数そのものを見直す改革と組み合わされました。
文部科学省は、学校週5日制の趣旨を『ゆとり』の中で子どもの『生きる力』を育てることと説明し、学校外で自然体験や社会体験などを行う機会の充実も重視しました。ただし、家庭や地域が提供できる学習・体験機会には差があるため、制度の理念と実際の過ごし方がすべての子どもで同じだったわけではありません。
いわゆる『ゆとり教育』では、何が変わったのか
一般に『ゆとり教育』と呼ばれる改革の中心には、1998〜1999年改訂の学習指導要領があります。小学校・中学校では2002年度から新しい教育課程が全面実施され、教育内容を基礎的・基本的な事項へ厳選するとともに、標準授業時数を減らし、児童生徒が自ら学び考えることを重視しました。
特徴の一つが『総合的な学習の時間』です。教科の枠を越え、国際理解、情報、環境、福祉・健康などを題材に、調査・体験・問題解決型の学習を行う時間として設けられました。また、中学校の選択教科や高校の学校設定教科・科目など、学校や生徒の選択を広げる仕組みも整えられました。
ただし、『ゆとり教育』は法律や学習指導要領に定められた単一の正式政策名ではありません。学校週5日制、授業時数の縮減、教育内容の厳選、総合的な学習の時間など関連する改革をまとめて呼ぶ場合が多い言葉です。そのため、学力調査の変化や個々の児童生徒の学力を、この言葉だけで説明するのは適切ではありません。
新しい学習指導要領も、示された内容だけを超えて教えてはいけないという制度ではありませんでした。文部科学省は学習指導要領を全国共通の最低基準と位置付け、児童生徒の理解度に応じて補充的・発展的な学習を行うことも可能だとしました。改革の実態は『教える量を一律に減らした』という一文だけでは捉えられません。
『ゆとり教育』を一つの公式政策名や、学力変化の単一原因として扱わないことが重要です。
大学入試センター試験は、大学入試をどう変えたのか
大学制度改革の前史として、1990年1月には第1回大学入試センター試験が実施されました。それまでの共通第1次学力試験は主として国公立大学を対象としていましたが、センター試験は国公私立大学を通じ、各大学が必要な教科・科目を指定して利用できる共通試験として設計されました。
センター試験の導入は、大学ごとの個別試験を廃止するものではありません。共通試験の成績と、各大学が行う個別試験、推薦などを組み合わせることで、大学側が入学者選抜を設計する仕組みでした。私立大学による利用も広がり、大学入試の共通基盤として定着していきます。
この改革は学校週5日制や国立大学法人化と同じ政策ではありませんが、平成期に大学進学と入学者選抜の仕組みが変化していく出発点の一つでした。Topicの中心年代より前の出来事なので、ここでは高等教育改革の前提として位置付けます。
国立大学法人化は、国立大学の何を変えたのか
国立大学は長く、文部省・文部科学省の行政組織の一部として運営されてきました。1990年代末から大学改革と行政改革の議論が進み、政府は大学の自主性を尊重しながら、より柔軟で責任ある運営を可能にする法人制度を検討しました。2003年7月に国立大学法人法など関連法が成立し、2004年4月に国立大学は大学ごとの国立大学法人へ移行しました。
法人化によって、各大学は国とは別の法人格を持ち、人事・予算・組織運営などで従来より大きな裁量を持つ仕組みになりました。一方、国が大学との関係を失ったわけではありません。文部科学大臣が6年間の中期目標を定め、各法人が中期計画を作成し、その達成状況を評価する仕組みが設けられ、国から運営費交付金などの財政措置も続きました。
したがって国立大学法人化は『国立大学の民営化』ではありません。国立大学としての公共的役割や国による財政支援・評価を残しながら、大学ごとの自律的な経営と教育研究の特色化を進めようとした制度改革です。学校週5日制や学習指導要領改訂とは直接の一体政策ではありませんが、全国一律の行政運営から、現場の裁量と説明責任を重視する方向へ制度を組み替えた点では、平成の教育再編の別の側面を示しています。
国立大学法人化は民営化ではなく、国立大学としての公的性格を保ちながら、大学ごとの法人格と運営上の裁量を拡大した改革です。
Review
入試で押さえるポイント
- 学校週5日制は1992年に月1回、1995年に月2回へ段階導入され、2002年4月に公立学校で完全実施
- 1998〜1999年改訂の学習指導要領は教育内容の厳選、『総合的な学習の時間』、選択学習の拡大などを進めた
- 『ゆとり教育』は単一の正式政策名ではなく、学校週5日制や学習指導要領改訂など複数の改革をまとめた通称として扱う
- 大学入試センター試験は1990年開始で、国公私立大学が利用でき、各大学が利用教科・科目や個別試験との組合せを決める仕組み
- 国立大学法人法は2003年成立、国立大学法人への移行は2004年4月
- 国立大学法人化は民営化ではなく、法人ごとの自律的運営と国による中期目標・評価・財政措置を組み合わせた制度
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- 問1
学校週5日制は2002年に突然導入されたのではなく、1992年の月1回、1995年の月2回を経て完全実施へ進んだ。
学校週5日制は段階的に導入され、2002年4月から公立学校で完全実施されました。
本文の該当箇所を確認する - 問2
『ゆとり教育』は法律で定められた一つの正式政策名であり、学校週5日制や学習指導要領改訂とは別の独立した制度だった。
『ゆとり教育』は、学校週5日制、授業時数や教育内容の見直し、総合的な学習の時間など複数の改革をまとめて指す通称です。
本文の該当箇所を確認する - 問3
2002年度からの学習指導要領は全国共通の最低基準とされ、児童生徒の理解度に応じた補充的・発展的学習も可能だった。
学習指導要領に示された内容を超えて教えることが一律に禁止されたわけではなく、補充的・発展的学習も認められていました。
本文の該当箇所を確認する - 問4
大学入試センター試験の導入により、各大学が行う個別試験は廃止され、すべての大学が同じ試験結果だけで合否を決めるようになった。
センター試験は共通試験として利用されましたが、各大学は個別試験や推薦などと組み合わせて入学者選抜を行いました。
本文の該当箇所を確認する - 問5
2004年の国立大学法人化は国立大学の完全な民営化であり、国による財政措置や中期目標・評価の仕組みはなくなった。
国立大学法人化は民営化ではなく、大学ごとの裁量を広げつつ、国の中期目標・評価や運営費交付金などの関与も残す制度でした。
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Timeline
関連する年表
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Sources
参考資料
- 大学入試センターのあゆみ独立行政法人大学入試センター
1990年の第1回大学入試センター試験の実施を確認
- 平成6年度教育白書 第1部第2章 学校週5日制の目指すもの文部科学省
1992年の月1回導入、1995年の月2回導入と学校・家庭・地域の役割を確認
- 学校教育法施行規則の一部を改正する省令等の制定並びに高等学校等の教育課程の基準の改訂について(通知)文部科学省
2002年4月からの完全学校週5日制と新教育課程の施行を確認
- 新しい学習指導要領の主なポイント(平成14年度から実施)文部科学省
教育内容の厳選、総合的な学習の時間、選択学習の拡大を確認
- 新しい学習指導要領のねらいの実現に向けて文部科学省
学習指導要領の最低基準性と補充的・発展的学習の位置付けを確認
- 国立大学法人法の概要文部科学省
大学ごとの法人化、自律的運営、中期目標・評価など制度の基本構造を確認
- 国立大学の法人化の経緯文部科学省
2003年の関連法成立と2004年4月の法人移行を確認
