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平成時代2011〜2015年を中心に社会・経済重要度 A

福島第一原発事故とエネルギー政策―重大事故は原子力規制と電源構成をどう変えたのかふくしまだいいちげんぱつじことえねるぎーせいさく じゅうだいじこはげんしりょくきせいとでんげんこうせいをどうかえたのか

一言でいうと

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震と津波により、東京電力福島第一原子力発電所では外部電源と非常用電源の広範な喪失、冷却機能の低下・喪失が起こり、1〜3号機で炉心損傷が進み、1・3・4号機の原子炉建屋で水素爆発が起きました。放射性物質の放出を受けて周辺住民には段階的に避難指示が出され、避難は長期化しました。政府事故調は、事故を津波という自然現象だけで説明せず、事前の津波想定・対策、重大事故への備え、情報共有、緊急時対応、事業者と規制行政の在り方など技術・組織・制度の複数の問題を検証しました。事故後、原子力利用を推進する行政と安全規制を分離する必要性が強く意識され、2012年9月19日に原子力規制委員会が発足しました。2013年7月には、重大事故対策や地震・津波など自然災害への対策を強化し、既設炉にも最新基準への適合を求める仕組みを含む新規制基準が施行されます。一方、原子力発電所の停止が広がるなかで、火力発電への依存が増え、エネルギー自給率、燃料輸入費、電気料金、温室効果ガス排出なども政策課題となりました。再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)は2012年7月に始まり、太陽光などの導入を加速させました。ただし制度設計は事故後だけに始まったものではなく、事故を契機とするエネルギー政策見直しの中で重要性が一段と高まったと捉える必要があります。2014年の第4次エネルギー基本計画は、原発依存度を可能な限り低減するとしながら、原子力を安全性確保を大前提とする重要なベースロード電源と位置付け、規制委員会が新規制基準への適合を認めた原発について再稼働を進める方針を示しました。2015年8月には川内原発1号機が新規制基準施行後初めて再稼働します。福島第一原発事故は、事故対応と被災者支援、廃炉・除染という長期課題を残すと同時に、『誰が安全を規制するのか』『どの電源をどの程度使うのか』という制度とエネルギー選択の両方を問い直した出来事でした。

福島第一原発では何が起こり、なぜ広域避難が必要になったのか

2011年3月11日の地震で運転中だった福島第一原発1〜3号機は自動停止しました。しかし、その後の津波によって非常用電源設備などが被災し、原子炉を安定的に冷却するための電源・設備を広く失いました。冷却が十分にできなくなった1〜3号機では炉心損傷が進み、原子炉建屋で水素爆発も発生しました。

放射性物質が環境へ放出されたため、政府は原子力緊急事態宣言を出し、発電所周辺の住民に避難を指示しました。避難区域は事故の進展に応じて拡大・再編され、多くの住民が自治体の区域を越えて避難しました。原子力災害では、建物や道路の破壊だけでなく、放射線防護のために居住・農業・事業活動を長期間制限するという、地震・津波とは異なる被害が生じました。

事故原因は『巨大津波が来たから』だけでは終わりません。政府事故調は、津波リスクの評価と対策、重大事故対策、緊急時の指揮・情報共有、東京電力と国の組織対応などを幅広く検証しました。本Topicでは個別の責任を一つに決めつけず、自然災害への備えと制度・組織上の問題が重なった重大事故として扱います。

事故後、原子力安全規制の組織はなぜ作り直されたのか

事故前、原子力安全・保安院は原子力を含むエネルギー政策を所管する経済産業省の組織でした。事故後には、原子力利用を進める側と安全を規制する側の関係を見直し、規制機関の独立性と専門性を高める必要があるとの議論が強まりました。

2012年9月19日、原子力規制委員会が発足しました。原子力安全委員会や原子力安全・保安院などに分かれていた規制機能を再編・一元化し、環境省の外局として独立性の高い委員会方式を採りました。規制の透明性を高め、推進行政から距離を置くことが制度設計の重要な狙いでした。

組織を変えるだけで安全が自動的に確保されるわけではありません。新しい規制機関には、事業者から提出されるデータを独立して検討する技術力、最新知見を規制へ反映する仕組み、審査過程を公開し説明する責任が求められました。福島事故後の改革は、安全規制を『事故が起きないことを前提にする仕組み』から『重大事故も想定し、継続的に基準を更新する仕組み』へ変えようとするものでした。

2013年の新規制基準は、事故前の規制と何が違ったのか

原子力規制委員会は福島第一原発事故の反省や国内外からの指摘を踏まえて新規制基準を策定し、2013年7月8日に施行しました。事故前は重大事故対策の一部が法的な規制要求になっておらず、地震・津波など大規模自然災害への備えにも課題がありました。

新規制基準では、地震・津波、火山、竜巻、森林火災などへの対策を強化するとともに、炉心損傷や格納容器破損、水素爆発など重大事故が起きた場合に被害の拡大を防ぐ設備・手順を要求しました。また、新しい基準を既存施設にも適用できる『バックフィット』の仕組みが制度化されました。

規制委員会自身も、新規制基準への適合が『絶対的な安全』を意味するわけではないと説明しています。基準は運転の可否を判断する最低限の制度的条件であり、新しい知見や事故・トラブルの経験に応じて安全性を継続的に高める必要があります。この点は、事故前の『安全であること』を固定的に捉える発想との重要な違いです。

新規制基準への適合=事故が絶対に起きない、ではありません。規制基準は安全確保のための制度的条件であり、継続的な改善を前提とします。

原発停止は、日本の電源構成と再生可能エネルギー政策をどう変えたのか

事故後、定期検査などで停止した原発の再稼働が進まず、2013年9月以後は国内の商業用原発がすべて停止する時期が続きました。資源エネルギー庁の統計では2014年度の原子力発電量はゼロとなり、その穴を埋めるためLNGや石炭・石油など火力発電への依存が大きくなりました。

同時に、再生可能エネルギーの導入拡大が重要政策となりました。再生可能エネルギー特別措置法に基づく固定価格買取制度(FIT)は2012年7月に始まり、電力会社が一定期間・一定価格で再生可能エネルギー電力を買い取る仕組みによって、特に太陽光発電の導入が急増しました。

ただし、FITの構想や再生可能エネルギー拡大の議論を福島事故だけの直接結果とするのは正確ではありません。制度準備は事故以前から進んでいました。事故後には原発停止とエネルギー政策の白紙見直しが重なり、再生可能エネルギーをどこまで増やすか、火力依存による燃料費・CO2排出をどう抑えるかという問題が一体の政策課題になった、と捉える必要があります。

原発依存を減らす方針と再稼働は、なぜ同時に進められたのか

2014年4月に閣議決定された第4次エネルギー基本計画は、福島事故以前のエネルギー戦略を見直し、『原発依存度については、省エネルギー・再生可能エネルギーの導入や火力発電所の効率化などにより、可能な限り低減させる』という方向を示しました。

一方で同計画は、原子力を安全性の確保を大前提とする『重要なベースロード電源』と位置付けました。そして原子力規制委員会が新規制基準に適合すると判断した原発について、その判断を尊重して再稼働を進める方針を取りました。『依存度低減』と『一定の原子力利用継続』が同時に掲げられたため、平成後半のエネルギー政策は原子力ゼロへの単純な転換ではありませんでした。

2015年8月、九州電力川内原発1号機が新規制基準施行後初めて再稼働しました。しかし、福島第一原発では廃炉、汚染水対策、避難地域の再生などが長期課題として残りました。事故後の原子力政策は、規制基準を厳しくして再稼働する問題と、事故被災地への責任・廃炉を進める問題を並行して抱えることになったのです。

福島事故後のエネルギー政策を『脱原発へ転換した』『原発推進へ戻った』のどちらか一方だけで説明しません。依存度低減、再エネ拡大、安全規制強化、条件付き再稼働が同時に進みました。

Review

入試で押さえるポイント

  • 2011年3月の福島第一原発事故では、津波後の電源・冷却機能喪失を背景に1〜3号機で炉心損傷が進み、広域避難が行われた。
  • 事故原因は自然災害だけに還元せず、事前の備え、重大事故対策、情報共有、事業者・規制行政など複数の問題として捉える。
  • 2012年9月19日に原子力規制委員会が発足し、原子力利用の推進行政と安全規制の分離・規制機能の一元化が進められた。
  • 2013年7月に新規制基準が施行され、重大事故対策や自然災害対策の強化、既設炉への最新基準適用が制度化された。
  • 2012年7月に固定価格買取制度(FIT)が始まり、再生可能エネルギー導入が加速したが、制度準備を福島事故だけの結果と単純化しない。
  • 2014年の第4次エネルギー基本計画は原発依存度を可能な限り低減するとしつつ、原子力を重要なベースロード電源と位置付けた。
  • 2015年8月に川内原発1号機が新規制基準施行後初めて再稼働した。

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理解度チェック

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0 / 5 問回答

  1. 問1

    福島第一原発事故は、想定を超える津波という自然現象だけで生じた事故であり、事前の備えや組織・制度上の問題は事故原因の検証対象にならなかった。

  2. 問2

    2012年に発足した原子力規制委員会は、原子力利用を進める行政から安全規制を分離し、規制機能を再編・一元化する狙いを持っていた。

  3. 問3

    2013年の新規制基準に適合した原発は、事故が絶対に起きないことを国が保証したと理解できる。

  4. 問4

    固定価格買取制度(FIT)は福島第一原発事故を受けて初めて構想された制度で、事故以前には制度準備が進んでいなかった。

  5. 問5

    2014年の第4次エネルギー基本計画は、原発依存度を可能な限り低減する方針と、新規制基準への適合が確認された原発の再稼働方針を同時に示した。

Timeline

関連する年表

前後の出来事とつなげて位置を確認できます。

  1. 東京電力福島第一原子力発電所で重大事故が起こる
  2. 原発事故により広域避難と長期的な廃炉・除染の課題が生じる
  3. 再生可能エネルギー特別措置法が成立する
  4. 原子力規制委員会が発足する
  5. 川内原子力発電所が新規制基準下で再稼働する

Sources

参考資料

  1. 東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会 最終報告内閣官房

    事故進展、被害、政府・東京電力等の対応、技術・組織・制度上の問題を確認

  2. 第1回原子力規制委員会 開催のお知らせ原子力規制委員会

    2012年9月19日の原子力規制委員会発足を確認

  3. 新規制基準原子力規制委員会

    福島事故を踏まえた新規制基準の考え方、重大事故・自然災害対策、バックフィットを確認

  4. 再エネのコストを考える資源エネルギー庁

    2012年の固定価格買取制度開始と再生可能エネルギー導入拡大を確認

  5. これまでのエネルギー基本計画について資源エネルギー庁

    2014年4月11日の第4次エネルギー基本計画と政策見直しを確認

  6. エネルギー白書2016 第2部第2章第2節 一次エネルギーの動向資源エネルギー庁

    2015年8月の川内原発1号機再稼働と新規制基準下での再稼働を確認