平成の始まりと1989年参院選―昭和末の政治不信と消費税施行は自民党政治をどう揺さぶったのか
一言でいうと
平成は1989年1月8日に始まりましたが、政治の課題まで改元で切り替わったわけではありません。昭和末に発覚したリクルート事件による政治不信と、1988年に導入が決まった消費税をめぐる対立は、そのまま平成初年へ持ち越されました。4月1日に税率3%の消費税が施行され、6月には竹下登内閣が総辞職して宇野宗佑内閣が成立します。さらに7月23日の参議院議員通常選挙で自民党は大きく議席を減らし、参議院の過半数を失いました。これは自民党長期政権への強い警告でしたが、この選挙だけで55年体制が終わったわけではありません。平成最初の政治は、昭和末から続く政治倫理・税負担への不信が、国会の力関係を変えるところまで表面化した時期として捉える必要があります。
改元後も、なぜ昭和末の政治課題が続いたのか
1989年1月8日に元号は平成へ改められました。しかし、竹下内閣はその後も続き、リクルート事件をめぐる国会での追及も、消費税をめぐる議論も終わっていませんでした。時代区分としては平成が始まっても、政治の因果関係は昭和63年から連続しています。
とくにリクルート事件は、企業と政治家・官僚との関係や政治倫理への不信を強めました。一方、消費税は昭和63年12月に法律が成立して導入が決まっていました。平成元年の政治は、事件による政治不信と、新しい税負担を実際に社会へ導入する局面が重なったところから始まったのです。
1989年1月8日の改元は重要な時代区分ですが、政治課題の原因ではありません。昭和末に生じた問題が平成初年へ連続したと考えます。
消費税3%の施行は、なぜ大きな政治争点になったのか
1989年4月1日、税率3%の消費税が施行されました。ここでは、1988年12月に『導入が決まった』ことと、平成元年4月に『実際に施行された』ことを区別する必要があります。消費税は幅広い財・サービスの取引を課税対象とするため、買い物や事業活動のなかで国民が負担を意識しやすい税でもありました。
税制改革には、所得・消費・資産の間で負担を組み替えるという政府側の目的がありました。しかし、国民に新たな負担を求める政策が、リクルート事件で政治への信頼が揺らいでいる時期に実施されたことで、税制の内容だけでなく政策決定への不満も重なりました。消費税への反発と政治倫理への不信は別の問題ですが、1989年の政治では同時に選挙の評価対象となっていきます。
竹下内閣の総辞職から宇野内閣へ、何が引き継がれたのか
竹下登内閣は1989年6月3日に総辞職し、同日、宇野宗佑内閣が成立しました。首相が交代しても、リクルート事件後の政治不信や消費税施行後の反発が消えたわけではありません。新内閣は、前内閣から続く厳しい政治状況のなかで7月の参議院議員通常選挙を迎えました。
さらに宇野首相自身の女性問題も選挙前に報道され、政権への批判材料が増えました。そのため、1989年参院選の結果を一つの原因だけで説明するのは適切ではありません。昭和末以来の政治不信、消費税への反発、宇野内閣への評価など、複数の要因が重なった選挙として理解する必要があります。
1989年参院選で、自民党政治の何が揺らいだのか
第15回参議院議員通常選挙は1989年7月23日に行われました。自民党は改選議席で36議席にとどまり、選挙後の参議院では109議席となって過半数を失いました。日本社会党は改選46議席を獲得し、野党側が参議院で大きく勢力を伸ばしました。
この結果は、衆議院で政権を担う自民党にとって重大でした。参議院で自民党だけでは多数を確保できなくなったため、法案や国会運営では野党との調整が以前より重要になります。また、選挙で示された不信は宇野内閣を直撃し、宇野首相は8月に退陣しました。
1989年参院選では自民党が参議院の過半数を失いました。これは政権交代そのものではなく、衆議院で続く自民党政権の国会運営を不安定にした転換点です。
参院過半数割れは、55年体制の終わりだったのか
1989年の敗北は自民党長期政権の動揺を示しましたが、この時点で自民党が政権を失ったわけではありません。参議院選挙の後も海部俊樹内閣が自民党を中心に成立し、衆議院では自民党政権が続きました。
したがって、1989年参院選をそのまま『55年体制の終焉』とするのは早すぎます。重要なのは、自民党が参議院で単独過半数を失い、従来の長期政権の安定性に明確な亀裂が入ったことです。その後、政治改革をめぐる対立や政党再編が進み、1993年に自民党が政権を離れる過程へつながっていきます。
Review
入試で押さえるポイント
- 1989年1月8日に平成へ改元されたが、リクルート事件・消費税など昭和末の政治課題は平成初年へ連続したこと
- 消費税は1988年に導入が決まり、1989年4月1日に税率3%で施行されたこと
- 竹下内閣が1989年6月3日に総辞職し、同日に宇野内閣が成立したこと
- 1989年7月23日の第15回参院選で自民党が大敗し、参議院の過半数を失ったこと
- 1989年参院選は55年体制の終焉そのものではなく、自民党長期政権の安定性が大きく揺らいだ転換点であること
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- 問1
1989年1月の平成改元によって、リクルート事件や消費税をめぐる昭和末の政治課題も区切られ、新しい争点へ置き換わった。
改元は時代区分の重要な目印ですが、リクルート事件への追及や消費税をめぐる対立は平成初年へそのまま続きました。
本文の該当箇所を確認する - 問2
消費税は1988年に導入が決まり、1989年4月1日に税率3%で実際に施行された。
法律成立による導入決定は昭和63年、施行は平成元年4月1日です。決定と施行の時期を区別する必要があります。
本文の該当箇所を確認する - 問3
1989年参院選で自民党が大敗した理由は消費税への反発だけであり、リクルート事件後の政治不信や宇野内閣への評価は選挙結果とほぼ無関係だった。
消費税への反発に加え、昭和末以来の政治不信や宇野内閣への評価など複数の要因が重なった選挙として捉える必要があります。
本文の該当箇所を確認する - 問4
1989年参院選で自民党は参議院の過半数を失ったが、衆議院を基礎とする自民党政権そのものが同時に終わったわけではない。
参議院で単独過半数を失い国会運営は難しくなりましたが、その後も海部内閣が自民党を中心に成立し、政権は続きました。
本文の該当箇所を確認する - 問5
1989年参院選で自民党が参議院の過半数を失った時点で、自民党は政権を離れ、55年体制もその場で終わった。
1989年は長期政権の安定性が揺らいだ転換点ですが、自民党が政権を離れるのは1993年です。55年体制の終焉と同一視できません。
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Timeline
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Sources
参考資料
- 参議院議員通常選挙一覧(参議院関連資料集)参議院
第15回参議院議員通常選挙が1989年7月23日に行われたことを確認
- 第116回国会 参議院 選挙制度に関する特別委員会 第2号 平成元年11月9日国立国会図書館 国会会議録検索システム
自民党36議席、日本社会党46議席など第15回参院選の党派別当選者数を確認
- バブル/デフレ期の日本経済と経済政策 第2部第5章 株価・地価の急騰と企業行動内閣府 経済社会総合研究所
1989年7月23日参院選後の自民党議席が改選36・非改選73・合計109であったことを確認
- 日本の税の歴史を教えてください。財務省
税率3%の消費税が平成元年4月から導入されたことを確認
- 第74代 竹下 登首相官邸
竹下内閣の在職期間と1989年6月3日の交代を確認
- 第75代 宇野 宗佑首相官邸
宇野内閣の成立日と在職期間を確認
- 日本労働年鑑 第60集 1990年版 第15回参議院選挙法政大学大原社会問題研究所
消費税、リクルート事件、宇野首相をめぐる問題など、1989年参院選を取り巻く複数の政治争点を確認
