アイヌ文化振興法からアイヌ施策推進法へ―国家のアイヌ民族政策はどう転換したのか
一言でいうと
平成期のアイヌ民族政策は、1997年のアイヌ文化振興法から2019年のアイヌ施策推進法までに大きく枠組みを変えました。1997年法はアイヌ文化の振興と伝統等に関する知識の普及・啓発を国の政策として位置づけると同時に、1899年制定の北海道旧土人保護法を廃止しました。しかし同法はアイヌの人々を先住民族と明記する法律ではなく、政策の中心も文化振興でした。2007年に国連で先住民族の権利に関する宣言が採択されると、2008年6月に衆参両院はアイヌ民族を先住民族とすることを求める決議を全会一致で採択し、政府も先住民族であるとの認識を示しました。翌2009年の有識者懇談会報告は、文化だけでなく生活、教育、産業、政策参加などを含む総合的な施策を求め、民族共生の象徴となる空間の整備も提言しました。2014年には北海道白老町に民族共生象徴空間を整備する方針が決まり、2019年4月にはアイヌ施策推進法が成立します。同法は法律本文で『先住民族であるアイヌの人々』と明記し、文化振興に加えて地域・産業・観光振興などを含む施策、自治体の地域計画と交付金、伝統的活動への特例などを制度化しました。ただし、1997年や2019年の法制定によって差別、生活上の格差、文化継承や先住民族の権利をめぐる課題が自動的に解消したわけではありません。平成期の転換は、国家政策がアイヌ文化を保護・振興する段階から、先住民族としての認識を明示し、より総合的な施策を組み立てる段階へ進んだ過程として捉えることが重要です。
1997年のアイヌ文化振興法は、何を変えたのか
1997年5月、『アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律』、一般にアイヌ文化振興法と呼ばれる法律が成立しました。法律はアイヌ語を含むアイヌ文化の振興、伝統等についての知識の普及・啓発、調査研究などを国と地方公共団体の施策として位置づけました。
同法の附則によって、1899年に制定された北海道旧土人保護法も廃止されました。これにより、明治以来残っていた旧保護法の法的枠組みは終わり、政策の中心は文化の振興と普及啓発へ移ります。
一方、1997年法はアイヌの人々を『先住民族』と明記した法律ではありませんでした。したがって、旧保護法が廃止されたことと、先住民族としての権利を含む政策体系がこの時点で完成したことは区別する必要があります。
1997年法の重要点は、北海道旧土人保護法を廃止し、政策の法的中心をアイヌ文化の振興・普及啓発へ移したことです。
なぜ2008年に『先住民族』という認識が国会と政府で明確になったのか
国際社会では先住民族の権利をめぐる議論が進み、2007年9月に国連総会で『先住民族の権利に関する国際連合宣言』が採択され、日本も賛成しました。これを受け、2008年6月6日、衆議院と参議院はそれぞれ『アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議』を全会一致で採択しました。
決議は、アイヌの人々が日本列島北部周辺、とりわけ北海道に先住し、独自の言語、宗教や文化を持つ先住民族であることを政府が認めるよう求めました。同日、政府もこの決議を受け、アイヌの人々が先住民族であるとの認識を示し、総合的な施策を検討する方針を表明しました。
ここでの転換は、アイヌ文化を振興する対象としてだけでなく、歴史的な経緯を持つ先住民族として政策上認識することが明確になった点にあります。
2009年の有識者懇談会は、文化振興からどこまで政策を広げようとしたのか
2008年の国会決議を受け、政府は『アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会』を設けました。2009年7月の報告書は、先住民族としての認識を前提に、文化振興だけではなく、教育、生活向上、産業、アイヌの人々の意見を政策へ反映する仕組みなどを含む総合的な政策が必要だと整理しました。
報告書はさらに、アイヌ文化の復興・発展や国民理解の促進の拠点となる『民族共生の象徴となる空間』の整備を提言しました。その後、政府は2014年に北海道白老町へこの空間を整備する方針を決めます。後のウポポイにつながる政策ですが、施設の開業は平成終了後の2020年です。
この流れによって、政策の対象は文化事業だけでなく、生活や地域社会、政策参加を含む方向へ広がりました。1997年法から2008〜2009年を経て、政策の根拠となる考え方自体が変化したことが重要です。
2019年のアイヌ施策推進法は、1997年法と何が違ったのか
2019年4月、『アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律』、アイヌ施策推進法が成立しました。法律は目的規定で『先住民族であるアイヌの人々』と明記し、民族としての誇りが尊重される社会の実現を掲げました。
施策の範囲も広がりました。従来の文化振興や福祉施策に加え、地域振興、産業振興、観光振興などを含む総合的な政策を進め、市町村が作るアイヌ施策推進地域計画を国が認定し、その事業に交付金を出す仕組みが設けられました。また、伝統的な儀式等に関わるサケの捕獲や国有林野での林産物採取について配慮・特例を設けるなど、文化実践に関係する制度も盛り込まれました。
この法律は平成31年4月に成立・公布されましたが、施行は令和元年5月24日です。したがって平成史では『法律成立まで』を中心に扱い、その後の運用やウポポイ開業は令和へ接続する事項として区別します。
1997年法は文化振興を政策の中心に置き、2019年法は先住民族との認識を法律に明記したうえで、地域・産業・観光を含む総合施策へ枠組みを広げました。
平成期の政策転換を、なぜ『解決』ではなく『段階的な転換』と見るのか
平成期には、北海道旧土人保護法の廃止、文化振興法の制定、先住民族としての国会・政府の認識、総合政策の検討、2019年法という複数の段階がありました。どれか一つの法律や決議だけで政策全体が一度に変わったわけではありません。
また、制度上の認識が変化しても、差別の解消、生活上の課題、言語・文化の継承、地域ごとの実情などは継続的な政策課題です。平成期の意義は、近代以来の政策を見直し、アイヌ民族自身の尊厳と先住民族としての認識を政策の基礎へ組み込む方向が明確になったことにあります。
Review
入試で押さえるポイント
- 1997年のアイヌ文化振興法がアイヌ文化の振興・普及啓発を政策化し、附則で1899年の北海道旧土人保護法を廃止したこと
- 2008年6月、衆参両院がアイヌ民族を先住民族とすることを求める決議を全会一致で採択し、政府も先住民族との認識を示したこと
- 2009年の有識者懇談会報告が文化振興だけでなく生活・教育・産業などを含む総合的なアイヌ政策と民族共生の象徴となる空間を提言したこと
- 2019年のアイヌ施策推進法が『先住民族であるアイヌの人々』と法律に明記し、地域・産業・観光振興などを含む施策へ枠組みを広げたこと
- 2019年法は平成31年4月に成立したが、施行は令和元年5月であり、ウポポイの開業も2020年であること
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1997年のアイヌ文化振興法は北海道旧土人保護法を廃止するとともに、法律本文でアイヌの人々を先住民族と明記した。
1997年法は旧土人保護法を廃止し文化振興を政策化しましたが、アイヌの人々を『先住民族』と明記した法律ではありませんでした。
本文の該当箇所を確認する - 問2
2008年には衆参両院がアイヌ民族を先住民族とすることを求める決議を採択し、政府も先住民族であるとの認識を示した。
2008年6月6日の国会決議を受け、政府もアイヌの人々が先住民族であるとの認識を示し、総合的な施策の検討へ進みました。
本文の該当箇所を確認する - 問3
2009年の有識者懇談会報告は、文化振興だけでなく教育・生活・産業・政策参加などを含む総合的な政策を求めた。
報告書は先住民族としての認識を前提に、文化だけでなく生活や教育、産業、政策参加まで含む施策を提言しました。
本文の該当箇所を確認する - 問4
2019年のアイヌ施策推進法は先住民族との認識を法律に明記し、平成31年4月に成立したが、施行は令和元年5月だった。
2019年法は『先住民族であるアイヌの人々』と明記して施策を総合化しましたが、成立・公布は平成、施行は令和です。
本文の該当箇所を確認する - 問5
1997年法と2019年法の制定によって、差別や生活上の格差、言語・文化継承などの課題は制度上すべて解消した。
制度上の認識と政策枠組みは段階的に変化しましたが、差別、生活上の課題、文化継承などは継続的な政策課題として残りました。
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Sources
参考資料
- アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律衆議院
1997年法の目的・施策と、附則による北海道旧土人保護法の廃止を確認
- アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議参議院
2008年6月6日の国会決議、先住民族との認識、国連先住民族権利宣言との関係を確認
- 報告書等内閣官房 アイヌ政策推進会議
2009年の『アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会』報告書と、民族共生の象徴となる空間の政策化を確認
- アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律衆議院
2019年法の目的、先住民族との明記、地域計画・交付金等の制度と成立時期を確認
- アイヌ施策推進法の概要国土交通省
2019年法による文化・福祉から地域・産業・観光を含む総合施策への拡張と、施行・民族共生象徴空間との関係を確認
