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昭和時代1926〜1989年社会・経済重要度 B

昭和期のアイヌ民族―同化政策の継続から団体再建・福祉施策・新法要求へ何が変わったのかしょうわきのあいぬみんぞく どうかせいさくのけいぞくからだんたいさいけんふくししさくしんぽうようきゅうへなにがかわったのか

一言でいうと

昭和期のアイヌ民族をめぐる政策と運動は、戦前から続く同化政策の枠組みが、敗戦後ただちに消えたわけではないところから始まります。1899年制定の北海道旧土人保護法は昭和期にも存続し、1937年の改正も同法を廃止するものではありませんでした。戦後には1946年に北海道アイヌ協会が設立され、生活改善や土地問題への対応を求める当事者組織が活動を再開します。1961年以後、国と北海道は生活環境・住宅・教育などの福祉施策を拡大し、1974年から北海道ウタリ福祉対策が進められました。しかし生活格差や差別、民族文化をめぐる問題は残り、北海道ウタリ協会は1982年に旧法廃止と新法制定を決議し、1984年に『アイヌ民族に関する法律(案)』を採択しました。昭和後期には、政策の焦点が生活上の格差是正だけでなく、民族としての尊厳・文化・権利をどう保障するかという要求へ広がっていきます。

昭和前期にも、なぜ明治以来の同化政策の枠組みが残ったのか

昭和が始まった時点で、アイヌ民族はすでに明治政府による北海道への国家的統合と同化政策の影響を受けていました。土地や狩猟・漁労をめぐる制度変更、日本語を中心とする学校教育、農業への転換を促す政策などによって、従来の生活や文化を維持する条件は大きく変えられていました。1899年に制定された北海道旧土人保護法ほっかいどうきゅうどじんほごほうも昭和期まで存続しました。

1937年には同法が改正され、アイヌ児童のために別に小学校を設ける規定などが削除されました。当時の政府は改正理由の説明で、アイヌ民族の『社会的同化』が進んだことを前提としていました。学校を分ける仕組みがなくなること自体を、そのまま民族的平等の実現とみなすことはできません。制度の基礎には、アイヌ民族を独自の民族として尊重するより、和人社会への同化を進める発想がなお強く残っていたためです。

また、1937年改正は北海道旧土人保護法そのものを廃止したわけではありません。同法は戦後にも改正を受けながら残り続けました。したがって、昭和期の変化を見るときは、『戦前の同化政策が続いた時期』と『戦後にすべてが権利保障へ転換した時期』を単純に二分せず、制度の継続と変化を重ねて見る必要があります。

1946年の北海道アイヌ協会設立は、戦後の何を変えようとしたのか

敗戦後の1946年2月24日、静内町で設立総会が開かれ、同年3月に社団法人北海道アイヌ協会が認可されました。協会は、戦後の混乱と貧困のなかで、個人だけでは改善しにくい生活上の問題や差別に組織として向き合う基盤になりました。戦後民主化によって政治・社会の制度が大きく変わる一方、アイヌ民族が抱えていた問題が自動的に解消されたわけではなかったからです。

そのことは土地問題にも表れました。1947年、北海道アイヌ協会は北海道旧土人保護法による給与地を農地改革の買収対象から外すよう求めましたが、政府には認められませんでした。戦後農地改革は全国的には地主制を解体する改革でしたが、アイヌ民族にとっては、明治以来の土地政策によって形成された権利関係が別の問題として重なっていました。

協会の活動は戦後すぐから一直線に拡大したわけではなく、1960年には再建総会が開かれています。重要なのは、政策の対象とされるだけでなく、アイヌ民族自身が組織を通じて生活、教育、土地、文化などの課題を行政へ訴える主体として活動を続けたことです。

戦後民主化は重要な転換でしたが、北海道旧土人保護法や土地・生活をめぐる問題は残りました。1946年の北海道アイヌ協会設立は、当事者が組織的に要求を示す戦後の基盤になりました。

1961年の改称と福祉施策の開始は、どのような転換だったのか

1961年、北海道アイヌ協会は北海道ウタリ協会へ名称を変更しました。協会自身の説明では、会員を募る際に『アイヌ』という名称へ心理的な抵抗を感じる人びとがいたことが改称理由の一つでした。『ウタリ』はアイヌ語で同胞を意味します。名称変更の背景には、民族名そのものが差別と結びつけられていた当時の社会状況がありました。

同じ1961年、国の予算にウタリ福祉対策費が計上され、北海道は国の支援を受けながら生活環境の改善、住宅整備、教育の促進などの施策を本格化させました。これは、アイヌ民族が置かれた社会的・経済的格差を行政が具体的な政策課題として扱う動きが強まったことを意味します。

ただし、福祉施策が始まったことを、同化政策から民族的権利保障への完全な転換と捉えるのは早すぎます。北海道旧土人保護法はなお存続し、政策の中心もまず生活環境や教育、所得などの格差是正に置かれていました。文化や民族としての権利を法律上どう位置づけるかという問題は、さらに後の運動で大きく問われることになります。

1972年の生活実態調査と1974年のウタリ福祉対策は何を示したのか

北海道は1972年に第1回の北海道ウタリ生活実態調査を行いました。調査では生活・教育・就業などで道民一般との格差が確認され、行政が長期的な対策を組み立てる基礎資料になりました。たとえば生活保護率は、調査対象となったアイヌの人びとで人口1000人あたり115.7人、比較対象となる居住市町村全体では17.5人で、大きな差がありました。

この調査を背景に、北海道は1974年度から第1次北海道ウタリ福祉対策を開始しました。生活環境、社会福祉、教育・文化、産業・雇用など複数分野をまとめて扱い、その後も実態調査を繰り返しながら対策を更新していきました。福祉政策が単発の救済ではなく、継続的な行政施策として制度化された点は重要です。

一方で、格差を小さくする福祉施策と、民族としての権利を保障する制度は同じものではありません。住宅や進学、就業の条件が改善されても、差別の問題、アイヌ語・文化の継承、歴史的な土地や資源利用をどう考えるか、国家がアイヌ民族をどのように位置づけるかという論点は残りました。福祉対策を『問題解決の完成』として扱わないことが重要です。

1980年代、新法要求はなぜ『福祉』を越える内容になったのか

北海道ウタリ協会は1982年の総会で、北海道旧土人保護法の廃止と新しい法律の制定を求める方針を決議しました。そして1984年5月、協会総会は『アイヌ民族に関する法律(案)』を採択し、北海道知事と北海道議会に実現を求めました。

この法律案は、独自の文化を持つアイヌ民族の存在を認め、民族としての誇りの尊重と権利保障を目的に掲げました。差別の解消、民族教育・文化の振興、経済的自立などを総合的に求め、当時のウタリ福祉対策だけでは国家としての責任や民族的権利の問題を十分に扱えないと批判しました。ここでは要求の軸が、生活格差への福祉的対応から、歴史認識と民族的権利を含む法制度へ明確に広がっています。

1987年には、アイヌ民族の代表がジュネーブの国連先住民作業部会に初めて参加し、国際的な先住民族の権利をめぐる議論とも接続していきました。北海道でも新法問題を検討する動きが進み、1988年には北海道のウタリ問題懇話会が知事へ報告書を提出します。ただし、昭和期のうちに新法制定や北海道旧土人保護法の廃止が実現したわけではありません。

1980年代の新法要求は、生活上の格差是正だけでなく、アイヌ民族の存在・文化・尊厳・権利を法制度の問題として問い直した点に大きな意味があります。

昭和期を通じて、政策と当事者の要求は結局どう変わったのか

昭和前期には、明治以来の同化政策と北海道旧土人保護法の枠組みがなお強く残っていました。戦後になると、北海道アイヌ協会の組織化と行政への要求が再び活発になり、1960年代からは生活環境・住宅・教育などの福祉施策が拡大します。1970年代には実態調査を基礎とした総合的な福祉対策が制度化されました。

しかし当事者側の要求は、福祉施策を受けることだけにはとどまりませんでした。1980年代には、旧法の廃止、民族としての尊厳、差別の解消、文化・教育、権利保障を含む新法が求められます。つまり昭和期の変化は、『同化政策から福祉へ、福祉から権利へ』と単純に一段ずつ置き換わったのではなく、古い制度が残るなかで福祉施策と権利要求が重なり、後者がしだいに明確になった過程でした。

北海道旧土人保護法が廃止され、アイヌ文化振興法が成立するのは1997年で、昭和の次の時代です。したがって昭和史としては、権利回復が完成したと結論づけるのではなく、当事者運動が戦後の福祉政策の限界を問い、平成期の法制度改革へつながる課題を明確にしたところまでを押さえます。

Review

入試で押さえるポイント

  • 1899年制定の北海道旧土人保護法は昭和期にも存続し、1937年に改正されたが廃止されなかった
  • 1946年に北海道アイヌ協会が設立され、戦後の生活・土地・差別などの課題に組織として取り組む基盤となった
  • 1961年に北海道アイヌ協会は北海道ウタリ協会へ改称し、同年から国・北海道による生活環境・住宅・教育などの福祉施策が本格化した
  • 1972年の北海道ウタリ生活実態調査で社会的・経済的格差が確認され、1974年度から北海道ウタリ福祉対策が始まった
  • 北海道ウタリ協会は1982年に旧法廃止と新法制定を決議し、1984年に民族的権利を含む『アイヌ民族に関する法律(案)』を採択した
  • 1987年にアイヌ民族代表が国連先住民作業部会へ参加したが、北海道旧土人保護法の廃止と新しい法律の成立は昭和期には実現していない

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  1. 問1

    1937年の北海道旧土人保護法改正によって同法は廃止され、昭和前期のうちに同化政策の法的枠組みはなくなった。

  2. 問2

    戦後民主化によってアイヌ民族をめぐる土地・生活・差別の問題は自動的に解消したため、当事者組織を再建する必要はなくなった。

  3. 問3

    1960〜70年代の福祉施策は生活・教育・住宅などの格差是正を進めたが、それだけで民族としての権利保障や旧法廃止まで実現したわけではない。

  4. 問4

    1980年代の新法要求は、従来の福祉施策を増額することだけを目的とし、民族としての存在・文化・尊厳・権利を法的に認めることは求めなかった。

  5. 問5

    昭和期には旧法廃止と新法要求が明確になったが、北海道旧土人保護法の廃止とアイヌ文化振興法の成立は1997年で、昭和期のうちには実現していない。

Timeline

関連する年表

前後の出来事とつなげて位置を確認できます。

  1. 北海道アイヌ協会が設立される
  2. 北海道アイヌ協会が北海道ウタリ協会へ改称する
  3. 北海道でアイヌの生活・教育改善を対象とする福祉施策が進められる
  4. 北海道ウタリ福祉対策が実施され生活・教育・文化施策が進められる
  5. 北海道ウタリ協会がアイヌ民族に関する新法制定を求める運動を進める

Sources

参考資料

  1. 北海道旧土人保護法国立国会図書館 日本法令索引

    1899年制定法の沿革、1937年・1946年・1947年・1968年の改正と1997年廃止を確認。

  2. 協会概要公益社団法人北海道アイヌ協会

    1946年の設立総会・法人認可、1961年の北海道ウタリ協会への改称を確認。

  3. アイヌ民族の歴史年表公益社団法人北海道アイヌ協会

    戦後の土地問題、1960年再建総会、1961年改称、旧法改正、1982年の旧法廃止・新法要求、1984年新法案、1987年国連先住民作業部会参加を確認。

  4. 生活実態調査の実施結果について北海道

    北海道が1972年から生活実態調査を実施していることを確認。

  5. アイヌの人たちの生活向上のために北海道

    生活実態調査と生活向上施策の継続、生活館・住宅・進学・産業などの施策分野を確認。

  6. 新法制定について―アイヌ民族に関する法律(案)公益社団法人北海道アイヌ協会

    1984年5月27日の総会採択、新法案の目的、旧法廃止、民族的権利・差別解消・民族教育文化・経済自立に関する要求を確認。

  7. 北海道におけるアイヌ施策北海道

    1974年度以後のウタリ福祉対策が継続して実施された政策史を北海道の現行資料と照合。