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平成時代1994〜2008年社会・経済重要度 A

高齢社会と介護保険―少子高齢化は社会保障制度をどう組み替えたのかこうれいしゃかいとかいごほけん しょうしこうれいかはしゃかいほしょうせいどをどうくみかえたのか

一言でいうと

平成期の日本では、長寿化と出生数の減少が重なり、人口に占める高齢者の割合が急速に上昇しました。65歳以上人口の割合は1994年に14%を超え、1995年には高齢社会対策基本法が制定され、年金・医療・福祉・雇用など社会の制度全体を高齢社会に対応させることが政策課題として明確になりました。特に大きな転換が介護です。高齢化に伴って要介護者や介護期間が増える一方、核家族化や介護する家族自身の高齢化が進み、家族だけで介護を担うことの限界が強く意識されました。1997年に介護保険法が成立し、2000年4月に制度が始まります。市町村を保険者とし、40歳以上が保険料を負担し、要介護・要支援認定を受けた人が在宅・施設などのサービスを利用する社会保険方式が導入されました。制度は自立支援、利用者によるサービス選択、介護を社会全体で支えることを理念としましたが、家族介護そのものがなくなったわけではありません。高齢化は年金財政にも影響し、2004年改革では保険料水準の上限を定め、少子高齢化や平均余命の伸びを反映して給付水準を調整するマクロ経済スライドが導入されました。医療では2008年に75歳以上を原則対象とする後期高齢者医療制度が始まり、高齢者本人の保険料、公費、現役世代からの支援を組み合わせて費用を支える仕組みが整えられました。これらの改革は、高齢者を単なる『受益者』、現役世代を単なる『負担者』と分けるものではありません。高齢者にも所得・健康状態・家族関係には大きな差があり、現役世代も介護サービスや将来の年金・医療保障の受益者です。平成期の社会保障改革は、長寿を支える制度を維持しながら、世代間・世代内で費用とサービスをどう分担するかを組み直す過程でした。

なぜ1990年代に『高齢社会』への対応が急務になったのか

日本の65歳以上人口の割合は、1970年に7%を超えた後も急速に上昇し、1994年には14%を超えました。内閣府の高齢社会白書は、この14%という水準を『高齢社会』と呼ばれる節目として整理しています。

高齢化は、長寿化そのものだけで起きたわけではありません。出生数の減少によって若い世代の比率が低下したことも人口構成を変えました。さらに1995年には15〜64歳の生産年齢人口がピークを迎え、その後減少へ向かいます。高齢者人口が増える一方で、社会保障を保険料や税で支える現役世代の人口が長期的に減る構図が明確になりました。

1995年に制定された高齢社会対策基本法は、高齢社会への対応を福祉だけの問題とはせず、就業・所得、健康・福祉、学習・社会参加、生活環境などを含む総合政策として位置づけました。高齢化は社会保障制度だけでなく、雇用や地域社会、住宅・交通など幅広い制度の前提を変える問題だったのです。

高齢化は『高齢者が増えること』だけでなく、出生数の減少と現役世代人口の縮小を伴う人口構造の変化として理解する必要があります。

介護保険以前の仕組みでは、なぜ対応が難しくなったのか

介護保険制度が始まる前にも、老人福祉制度による施設・在宅サービスや、老人医療制度による医療サービスは存在していました。しかし、福祉と医療の制度が分かれ、利用の決定方法や費用負担も異なっていました。介護を必要とする高齢者が増えるにつれ、こうした制度だけでは継続的な介護ニーズに十分対応しにくいことが課題となります。

同時に、介護を家族が大きく担うことを前提にし続けることも難しくなりました。核家族化、子どもの数の減少、女性の就業拡大、介護する側も高齢になる『老老介護』などが重なり、家族の身体的・精神的負担が社会問題として意識されるようになります。

そこで政策の焦点は、家族が介護を抱え込むことを前提とするのではなく、保険料と公費を用いて社会全体でサービス基盤を支え、必要な人が利用できる制度をつくることへ移りました。

2000年の介護保険制度は何を変えたのか

1997年12月に介護保険法が成立し、2000年4月から介護保険制度が始まりました。制度の保険者は市町村・特別区で、65歳以上を第1号被保険者、40〜64歳の医療保険加入者を第2号被保険者としました。保険料と公費を組み合わせて介護サービスの費用を支える社会保険方式です。

制度の基本理念には『自立支援』が置かれました。これは単に身の回りの世話を代行することではなく、介護が必要になってもできるだけ自分らしい生活を続けられるよう支えるという考え方です。また、行政がサービスを一方的に割り当てるのではなく、要介護・要支援認定を受けた利用者がケアプランに基づいて在宅・施設などのサービスを選び、事業者と契約する方式が広がりました。

社会福祉法人や医療法人だけでなく、民間企業、NPOなど多様な主体がサービス提供へ参入したことも制度の特徴でした。介護サービスの利用は急速に拡大し、介護を社会的なサービスとして利用することが一般化していきます。

ただし、介護保険は家族介護を不要にした制度ではありません。日常の見守り、通院、金銭管理、サービス調整など家族が担う役割は残り、地域によるサービス供給差、介護人材の確保、保険料や利用者負担、制度費用の増大も課題となりました。

介護保険の核心は、介護を『家族だけの責任』から切り離し、自立支援と利用者選択を掲げた社会保険制度として支える方向へ転換したことです。

2004年年金改革は、給付と負担をどう調整しようとしたのか

公的年金は、現役世代の保険料や国庫負担、積立金などによって高齢期の所得を支える制度です。少子高齢化が進むと、保険料を負担する被保険者の伸びが弱まる一方、平均余命の伸びなどによって給付期間は長くなります。そのため、将来の保険料と給付水準をどう均衡させるかが繰り返し改革課題となりました。

2004年の年金制度改正では、厚生年金・国民年金について将来の保険料水準に上限を設け、その限られた財源の範囲で長期的に給付と負担を均衡させる枠組みへ移りました。そして、公的年金の被保険者数の減少や平均余命の伸びを反映し、賃金・物価に応じた年金額の伸びを一定期間抑える『マクロ経済スライド』が導入されました。

これは高齢者の年金を一律に削減する単純な仕組みではありません。経済・人口の変化に応じて将来の給付水準を調整し、現役世代と将来世代の負担が過重にならないよう年金財政の均衡を図る仕組みです。一方で、どこまで給付水準を維持するか、保険料や税をどこまで負担するかという世代間・世代内の分配問題は残りました。

2008年の後期高齢者医療制度は、なぜ75歳以上を独立した制度にしたのか

高齢化は医療保険にも大きな影響を与えました。高齢になるほど一人あたり医療費が高くなる傾向がある一方、退職後は被用者保険から国民健康保険へ移る人が多く、保険者によって高齢者医療費の負担に偏りが生じていました。

2006年の医療制度改革を受け、2008年4月に後期高齢者医療制度が始まりました。原則として75歳以上を独立した医療保険の被保険者とし、都道府県単位の後期高齢者医療広域連合が運営します。費用は、高齢者本人が納める保険料、公費、現役世代の医療保険からの支援金を組み合わせて支える仕組みとされました。

制度は高齢者医療費の負担関係を明確にし、保険者間の財政調整を行う狙いを持ちましたが、75歳という年齢で制度を分けることや、保険料負担・徴収方法などをめぐって強い議論も起こりました。高齢者といっても、所得、健康状態、就業状況、家族構成は大きく異なるため、一律の生活像を前提に制度を評価することはできません。

高齢社会では、誰が社会保障を支え、誰が受け取るのか

介護・年金・医療の改革には共通点があります。高齢者人口が増え、現役世代人口が減るなかで、必要なサービスを維持しながら、保険料・税・利用者負担・給付の組み合わせを持続可能にすることが課題になった点です。

しかし、『現役世代が負担し、高齢者が受益する』という二分法だけでは実態を捉えられません。高齢者も介護保険料・医療保険料・税を負担し、所得や資産には大きな差があります。現役世代も親の介護を支える家族であり、自らが病気や障害になれば医療・介護制度を利用し、将来は年金を受給します。

そのため平成期の社会保障改革は、世代間の支え合いだけでなく、所得の違いや健康状態を含む世代内の公平、家族と社会の役割分担、必要なサービスへのアクセスをどう設計するかという問題でもありました。消費税を含む税財源と社会保障全体の一体改革は、のちのTopicで扱います。

Review

入試で押さえるポイント

  • 日本の65歳以上人口比率が1994年に14%を超え、高齢社会への制度対応が急務になったこと
  • 介護保険法が1997年に成立し、2000年4月から市町村を保険者とする社会保険方式の介護保険制度が始まったこと
  • 介護保険制度が自立支援、利用者本位、介護を社会全体で支えることを基本的な考え方としたこと
  • 2004年年金改革で保険料水準の上限とマクロ経済スライドを用いて長期的な給付と負担を調整する枠組みが導入されたこと
  • 2008年に原則75歳以上を対象とする後期高齢者医療制度が始まり、高齢者本人の保険料、公費、現役世代からの支援を組み合わせる仕組みとなったこと
  • 高齢者・現役世代の内部にも所得・健康・家族状況の差があり、単純な受益者対負担者の対立として理解しないこと

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  1. 問1

    平成期の高齢化は、平均寿命が延びたことだけで進み、出生数の減少や生産年齢人口の変化は関係しなかった。

  2. 問2

    介護保険制度が始まる前にも、老人福祉制度による施設・在宅サービスや老人医療制度は存在していた。

  3. 問3

    2000年の介護保険制度によって介護はすべて公的サービスへ移り、家族が担う見守りや通院支援などの役割はなくなった。

  4. 問4

    2004年年金改革のマクロ経済スライドは、被保険者数の減少や平均余命の伸びを反映し、年金額の伸びを調整して長期的な給付と負担の均衡を図る仕組みである。

  5. 問5

    2008年の後期高齢者医療制度は、高齢者本人の保険料だけで費用を賄い、公費や現役世代の医療保険からの支援は使わない仕組みだった。

Timeline

関連する年表

前後の出来事とつなげて位置を確認できます。

  1. 介護保険制度が始まる
  2. 年金制度改革関連法が成立し保険料・給付の長期調整が導入される
  3. 後期高齢者医療制度が始まる

Sources

参考資料

  1. 平成28年版高齢社会白書 1 高齢化の現状と将来像内閣府

    1994年に65歳以上人口比率が14%を超えたこと、生産年齢人口が1995年をピークに減少へ転じたことを確認

  2. 高齢社会対策基本法内閣府

    1995年制定の高齢社会対策基本法が、年金・医療・福祉・雇用・社会参加・生活環境などを総合的に見直す方針を示したことを確認

  3. 昭和100年の社会保障 第6回―介護保険制度の創設厚生労働省

    高齢化、介護期間長期化、核家族化、家族介護者の高齢化を背景に2000年介護保険制度が創設され、自立支援・利用者選択・多様な提供主体を基本としたことを確認

  4. 介護保険法(平成9年法律第123号)厚生労働省法令等データベース

    市町村を保険者とし、65歳以上を第1号被保険者、40〜64歳の医療保険加入者を第2号被保険者とする制度構造を確認

  5. 年金制度の仕組みと考え方 第6 平成16年改正年金財政フレームと財政検証厚生労働省

    2004年改正で保険料水準上限を固定し、マクロ経済スライドによって長期的な給付と負担の均衡を図る枠組みが導入されたことを確認

  6. 平成18年健康保険法等の一部を改正する法律・参考資料厚生労働省

    2008年4月の後期高齢者医療制度創設、75歳以上を原則対象とすること、財源を保険料・現役世代からの支援・公費で構成することを確認