日中国交正常化と台湾との関係転換―1972年、日本はなぜ中華人民共和国との国交を選択したのか
一言でいうと
1972年9月29日、日本国政府と中華人民共和国政府は共同声明を発表し、両国の外交関係を樹立しました。背景には、戦後長く続いた民間交流や国交正常化を求める動きに加え、1971年に国際連合で中華人民共和国政府の代表権が認められ、1972年2月にはアメリカ大統領ニクソンが中国を訪問するなど、東アジアの国際環境が急速に変化したことがありました。田中角栄内閣は発足直後から正常化を急ぎ、北京での首脳交渉を経て、中華人民共和国政府を『中国の唯一の合法政府』と承認しました。その結果、日本と台湾の中華民国政府との外交関係は維持できなくなりましたが、人の往来や経済・文化などの関係は非政府間の実務関係として続けられます。重要なのは、日本政府が共同声明で中華人民共和国側の台湾に関する立場を『十分理解し、尊重』したのであり、同じ文言で台湾の帰属を承認したわけではないことです。
なぜ1971〜1972年に国交正常化が急速に現実化したのか
戦後の日本は、台湾に拠点を置く中華民国政府と外交関係を持つ一方、中華人民共和国とは正式な国交を持たず、貿易や人的交流を民間レベルで積み重ねてきました。日本国内でも与野党、経済界、日中交流に関わる団体などから国交正常化を求める動きが続いていました。
国際環境は1971年から大きく動きます。同年10月、国際連合総会決議2758によって、中華人民共和国政府の代表が国連における中国の代表として認められ、それまで中国を代表していた蔣介石側の代表は国連から排除されました。これは国連での中国代表権をめぐる決定であり、この決議そのものが台湾の主権帰属を決めたと説明するのは適切ではありません。
さらに1972年2月、アメリカ大統領リチャード・ニクソンが中華人民共和国を訪問し、米中接近が世界に示されました。日本にとって最大の同盟国であるアメリカ自身が中国との関係改善へ動いたことで、従来の対中政策を見直す余地が広がりました。ただし、日本の国交正常化をニクソン訪中だけの結果とみるのではなく、それ以前からの交流や国内政治の動きと重ねて理解する必要があります。
田中角栄内閣はどのように国交正常化へ踏み出したのか
1972年7月、自民党総裁となった田中角栄は、日中国交正常化の機が熟しているとの認識を示しました。7月7日に第1次田中内閣が成立すると、中華人民共和国との国交正常化を急ぐ方針を表明し、中国側もこれを歓迎しました。
田中首相は9月25日から30日まで中華人民共和国を訪問し、大平正芳外相らとともに周恩来首相らと交渉しました。戦争状態をどう整理するか、中国を代表する政府をどう扱うか、台湾との関係をどうするか、戦争賠償をどう扱うかなど、戦後の日中関係に残されていた重要な問題が短期間に協議されました。
9月29日、両政府は日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明を発表しました。共同声明は、両国間のそれまでの『不正常な状態』を終了させ、同日から外交関係を樹立すると定めました。
共同声明で何が合意されたのか
共同声明で日本国政府は、中華人民共和国政府が『中国の唯一の合法政府』であることを承認しました。これによって、日本がどの政府を中国の政府として外交上承認するかという問題に決着をつけ、北京と正式な外交関係を結びました。
中華人民共和国政府は、日本に対する戦争賠償の請求を放棄すると宣言しました。また両政府は、主権・領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政不干渉、平等互恵、平和共存を基礎として平和友好関係を築くことを確認し、将来の平和友好条約締結へ向けて交渉することにも合意しました。
この共同声明によって日中間の主要な外交問題がすべて解決したわけではありません。1978年の日中平和友好条約は、共同声明を基礎として改めて締結されます。このTopicでは、1972年の国交正常化と台湾との関係転換までを中心に押さえます。
台湾について日本政府は何を認め、何を『理解し、尊重』したのか
共同声明第3項で、中華人民共和国政府は『台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である』という自らの立場を表明しました。これに対して日本国政府は、その立場を『十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する』としました。
ここでは文言の違いが重要です。第2項で日本政府は中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府と明確に『承認』しましたが、第3項では台湾に関する中華人民共和国政府の立場を『十分理解し、尊重』するとしています。したがって、両者を同じ意味の承認として書き換えないようにします。
国交正常化の結果、日本と台湾の中華民国政府との外交関係は維持できなくなり、日本政府は日華平和条約について存続の意義を失い終了したとの見解を示しました。これは、日本が北京との国交を樹立することと、それまで台北に置かれていた政府との外交関係を続けることが両立しなくなったためです。
日本政府が共同声明で承認したのは『中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であること』です。台湾については、中華人民共和国政府の立場を『十分理解し、尊重』するとした文言を区別して覚えます。
外交関係がなくなった後、台湾との交流はどうなったのか
外交関係が終了しても、日本と台湾の人びとや企業の関係が消滅したわけではありません。大平外相は国交正常化直後、台湾との人の往来、経済、文化などの民間レベルの交流をできる限り継続する考えを示しました。
その後の日台関係は、政府間の正式な外交関係ではなく、非政府間の実務関係として維持される仕組みに移りました。つまり1972年は、中国との外交関係を新たに樹立した年であると同時に、台湾との関係を『断絶して無関係になった』年ではなく、外交関係から非政府間の実務関係へ組み替えた年でもあります。
日中国交正常化は、冷戦下の東アジア外交の大きな転換でした。日本はアメリカとの同盟を維持しながら中華人民共和国とも国交を結び、同時に台湾との交流を別の枠組みで続けることになりました。この複層的な関係が、その後の日本の東アジア外交の前提になります。
Review
入試で押さえるポイント
- 1971年10月、国連総会決議2758で中華人民共和国政府の代表が国連における中国の代表として認められた
- 1972年2月のニクソン訪中など米中接近が進むなか、同年7月成立の田中角栄内閣が日中国交正常化を急いだ
- 1972年9月29日の日中共同声明で日本国政府は中華人民共和国政府を『中国の唯一の合法政府』と承認し、外交関係を樹立した
- 共同声明で中華人民共和国政府は対日戦争賠償請求を放棄した
- 台湾について日本政府は中華人民共和国政府の立場を『十分理解し、尊重』したのであり、政府承認の文言と区別する
- 日中国交正常化の結果、台湾の中華民国政府との外交関係は終了したが、日台関係は非政府間の実務関係として維持された
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- 問1
1971年の国連総会決議2758は、中国の国連代表権を中華人民共和国政府に認めた決議であり、この決議そのものが台湾の主権帰属を決定したわけではない。
決議2758は国連における中国代表権を扱った決議です。Topic本文では、これ自体を台湾の主権帰属を決めた決議とは説明しません。
本文の該当箇所を確認する - 問2
1972年の日中国交正常化はニクソン訪中だけによって突然始まり、それ以前の日中間の民間交流や日本国内の正常化要求はほとんど関係しなかった。
米中接近は重要な国際環境の変化でしたが、それ以前から民間交流や国内の国交正常化要求が積み重なっていました。
本文の該当箇所を確認する - 問3
1972年の日中共同声明で、日本政府は中華人民共和国政府を『中国の唯一の合法政府』と承認した。
共同声明第2項で、日本政府は中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として承認し、同日から外交関係を樹立しました。
本文の該当箇所を確認する - 問4
日中共同声明で日本政府は、中華人民共和国政府を承認したのと同じ文言で、台湾が中華人民共和国の領土であることも正式に承認した。
政府承認には『承認』という文言が使われましたが、台湾については中華人民共和国政府の立場を『十分理解し、尊重』するとされました。この違いを区別する必要があります。
本文の該当箇所を確認する - 問5
1972年に中華民国政府との外交関係が終了すると、日本と台湾の人的・経済・文化交流もすべて停止された。
正式な外交関係は終了しましたが、台湾との人の往来や経済・文化交流は非政府間の実務関係として継続されました。
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Timeline
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Sources
参考資料
- 日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明外務省
1972年9月29日の共同声明本文、政府承認、台湾に関する文言、外交関係樹立、戦争賠償請求放棄、平和友好条約交渉の確認に使用。
- 外交青書1973年版 中国―日中国交正常化外務省
田中内閣成立後の正常化方針、中国側の反応、共同声明調印と台湾との外交関係終了の経緯確認に使用。
- 第70回国会における大平外務大臣の外交演説外務省
日華平和条約に関する政府見解と、台湾との民間レベルの人的・経済・文化交流を継続する方針の確認に使用。
- Resolution 2758 (XXVI): Restoration of the lawful rights of the People's Republic of China in the United NationsUnited Nations Digital Library
1971年10月25日の国連総会決議2758と、中国代表権をめぐる決定内容の確認に使用。
- Nixon's Trip to ChinaRichard Nixon Presidential Library and Museum
1972年2月のニクソン訪中と米中関係改善の国際的背景確認に使用。
- 台湾(Taiwan)外務省
1972年の日中国交正常化後、日台関係が民間ベースの実務関係として維持されてきたことの確認に使用。
