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昭和時代1926〜1937年政治・外交重要度 A

昭和初期の植民地統治―朝鮮・台湾・南洋群島では大正期から何が続き、何が変わったのかしょうわしょきのしょくみんちとうち ちょうせんたいわんなんようぐんとうではたいしょうきからなにがつづきなにがかわったのか

一言でいうと

昭和初期にも日本による朝鮮・台湾の植民地支配と南洋群島の委任統治は続きましたが、三地域は同じ法的地位や制度で統治されていたわけではありません。朝鮮では三・一独立運動後に始まった「文化政治」の枠組みのもとでも朝鮮総督府による強い統治と警察取締りが続き、産米増殖計画や元山ゼネスト、光州学生事件など経済政策と社会運動が交錯しました。台湾では文官総督期が続き、台湾議会設置請願運動、台北帝国大学開設、嘉南大圳竣工などがみられる一方、1930年には日本統治への抵抗として霧社事件が起こりました。南洋群島は国際連盟の委任統治領で、南洋庁のもと行政と経済開発が進み、日本本土や沖縄などからの移住も増えました。昭和初期の帝国統治は、共通する支配の枠組みだけでなく、各地域の制度・社会・抵抗の違いを比較して理解する必要があります。

朝鮮では「文化政治」への転換後も何が続いたのか

朝鮮では1919年の三・一独立運動を受けて総督府官制が改められ、憲兵警察制度が廃止されるなど、いわゆる『文化政治』への転換が進められました。しかし、朝鮮総督府による植民地統治そのものが終わったわけではありません。総督への文官任用も制度上は可能になりましたが、実際に文官が総督へ就任することはありませんでした。

警察組織は通常の警察制度へ改編されましたが、警察署・警察官は増加し、社会運動や独立運動への取締りは続きました。1925年には治安維持法が朝鮮にも施行され、昭和初期には社会主義・民族運動への監視や弾圧の制度的な枠組みが強まりました。

経済面では1920年からの産米増殖計画が昭和初期まで続き、土地改良と米生産の増加が進められました。朝鮮で生産された米は日本本土への移出とも深く結びつきましたが、植民地経済の変化を単純に『開発による生活向上』と評価することはできません。農民の土地・小作問題なども続き、1932年には総督府が計画中断を発表しました。

現地社会では1929年に元山の労働者による大規模なゼネストが起こり、同年には光州学生事件を契機に学生の抗日運動が各地へ広がりました。統治制度が大正期より柔軟な外観を持つようになっても、支配を受ける側の政治的・社会的運動が消えたわけではありません。

台湾では文官総督期の統治と現地社会の運動がどう並存したのか

台湾でも1919年の総督府官制改正で総督を武官に限る規定が廃止され、軍の指揮権は台湾軍司令官へ移されました。田健治郎以後、1936年まで文官総督が続き、昭和初期はこの文官総督期の後半にあたります。しかし台湾総督府による植民地支配と強い行政権限は続きました。

台湾人の政治参加を求める運動としては、1921年に始まった台湾議会設置請願運動が1934年まで続きました。1928年には台北帝国大学が開設され、1930年には台湾南部の大規模な灌漑施設である嘉南大圳が竣工するなど、教育・産業・社会基盤の整備も進みました。こうした施設整備も、植民地統治の制度や経済政策との関係のなかで評価する必要があります。

一方、山地の先住民族社会では日本の統治への抵抗が続きました。1930年10月27日、霧社でセデック族の人びとが日本人側を襲撃する霧社事件むしゃじけんが起こり、日本側は軍・警察を投入して鎮圧しました。事件は、日本統治下の台湾社会が一様に統治を受容していたわけではないことを示します。

台湾の昭和初期を、文官総督・社会基盤整備だけで『穏健化した時代』とまとめることも、霧社事件だけで台湾社会全体を説明することもできません。行政制度の変化、政治参加を求める運動、経済・教育政策、先住民族への統治と抵抗を、それぞれ区別して捉える必要があります。

南洋群島の委任統治ではどのような行政と経済開発が進んだのか

南洋群島では1922年に南洋庁が設置され、サイパン、パラオ、ヤップ、トラック、ポナペ、ヤルートなどに支庁を置く行政制度が続きました。1929年に拓務省が設置されると、南洋庁長官は拓務大臣の指揮監督を受けるようになりました。

南洋興発株式会社は1921年に設立され、昭和初期には製糖業を中心に事業を拡大しました。南洋庁も行政・警察・教育・産業政策を担い、農業、糖業、水産業、商工業などの開発が進みました。

日本本土や沖縄などから移り住む人びとも増えました。とくに沖縄出身者は南洋群島への移住者の重要な部分を占め、製糖業や商業などに従事しました。この移動は昭和初期沖縄の生活困窮や県外・海外への移住ともつながるため、本土から南へ広がる帝国経済だけでなく、沖縄からみた人口移動としても捉える必要があります。

同時に南洋群島には、島ごとに異なる現地の島民社会が存在していました。南洋庁による統治や経済開発は、こうした社会を行政・教育・労働や市場の変化へ組み込んでいきました。朝鮮・台湾と同じ制度ではなかったこと、移住者の側だけから統治を描かないことが重要です。

三地域を比較すると、昭和初期の帝国統治には何が見えるのか

朝鮮・台湾・南洋群島では、総督府や南洋庁など日本側の行政機関が統治を担い、警察・教育・産業政策を通じて地域社会を帝国の政治・経済秩序へ結びつけていく点に共通性がありました。治安維持法の適用や社会運動への取締り、資源・農産物・市場をめぐる経済政策も重要でした。

しかし、その法的地位、行政組織、人口構成、現地社会の政治運動、経済の中心産業は地域ごとに異なります。朝鮮では民族運動や労働・農民問題、台湾では議会設置請願運動や先住民族への統治、南洋群島では委任統治制度と移住・島嶼開発など、それぞれ異なる問題がありました。

1937年に日中戦争が始まると、日本帝国全体で戦時動員が強まり、朝鮮・台湾では『皇民化』政策や人的・物的動員が段階的に拡大していきます。しかし、それを昭和初期から完成していた一枚岩の政策として遡って描くべきではありません。戦時期の朝鮮・台湾の動員は後のTopicで個別に扱います。

朝鮮・台湾・南洋群島は、日本帝国の支配下にあっても同じ法制度・同じ社会条件で統治された地域ではありません。植民地支配・委任統治の共通性を見ると同時に、地域ごとの制度、経済、現地社会の運動と抵抗の違いを失わないことが重要です。

Review

入試で押さえるポイント

  • 朝鮮は1910年の併合後に朝鮮総督府、台湾は1895年の割譲後に台湾総督府が統治し、南洋群島は国際連盟のC式委任統治領として南洋庁が統治
  • 朝鮮では1919年後に憲兵警察制度が廃止されたが、総督府統治と警察取締りは続き、産米増殖計画も昭和初期まで継続
  • 1929年の元山ゼネスト・光州学生事件など、朝鮮では労働運動・抗日学生運動が展開
  • 台湾では1919年以後1936年まで文官総督期が続き、台湾議会設置請願運動、台北帝国大学開設、嘉南大圳竣工などがみられた
  • 1930年10月27日の霧社事件ではセデック族の人びとが日本統治に対して蜂起し、日本側が軍・警察を投入して鎮圧
  • 南洋群島は朝鮮・台湾と異なる委任統治領で、1922年以後は南洋庁のもと行政・糖業・水産業などの開発と日本からの移住が進んだ

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理解度チェック

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0 / 5 問回答

  1. 問1

    朝鮮・台湾・南洋群島は、昭和初期にいずれも同じ法的地位と同じ行政制度をもつ日本の植民地として統治されていた。

  2. 問2

    朝鮮で「文化政治」への転換後に憲兵警察制度が廃止されても、朝鮮総督府による植民地統治や社会運動への警察取締りは続いた。

  3. 問3

    台湾で文官総督が続き教育・社会基盤整備が進んだことは、現地社会が日本統治を一様に受け入れ、抵抗がなくなったことを意味する。

  4. 問4

    南洋群島では国際連盟の委任統治のもと南洋庁が行政を担い、糖業などの開発と日本本土・沖縄などからの移住が進んだ。

  5. 問5

    朝鮮・台湾の「皇民化」や戦時動員は昭和初期からすでに完成した一枚岩の政策であり、1937年以後に段階的に強まったわけではない。

Timeline

関連する年表

前後の出来事とつなげて位置を確認できます。

  1. 朝鮮・台湾・南洋群島などで日本の植民地統治が続く
  2. 台湾で霧社事件が起こる

Sources

参考資料

  1. 朝鮮総督府アジア歴史資料センター「アジ歴グロッサリー」

    1919年の文化政治への転換、総督任用制度、警察機構再編後も植民地統治が続いたことを確認

  2. 表から検索(年表:台湾/朝鮮)アジア歴史資料センター「公文書に見る外地と内地」

    産米増殖計画、台湾議会設置請願運動、台北帝国大学、元山ゼネスト、光州学生事件、嘉南大圳など昭和初期の地域別事項を確認。霧社事件の月については同年表表示に不整合があるため別資料で確認

  3. アジア歴史ラーニング 昭和戦前・戦中期年表アジア歴史資料センター

    霧社事件の日付を1930年10月27日として確認

  4. 南洋庁アジア歴史資料センター「アジ歴グロッサリー」

    南洋群島の委任統治決定、軍政撤廃、1922年南洋庁設置と行政制度を確認

  5. 委任統治地域南洋群島事情 昭和四年昭和館デジタルアーカイブ

    南洋庁刊行の同時代資料の構成から、昭和初期の行政・警察・教育・糖業・水産業・交通など統治領域を確認

  6. 戦前期南方関係資料目録・南洋興発株式会社事業概要一橋大学経済研究所附属社会科学統計情報研究センター

    南洋興発株式会社の創立を1921年11月29日として確認

  7. 朝鮮産米増殖計画の実績国立国会図書館サーチ

    朝鮮総督府農林局が1933年に刊行した資料として、昭和初期まで続いた産米増殖計画と土地改良事業を確認