朝鮮の「皇民化」と戦時動員―植民地朝鮮で同化政策と人的動員はどのように強化されたのか
一言でいうと
日中戦争が始まると、朝鮮総督府は日本の植民地支配を維持したまま、朝鮮の人びとを戦争遂行へさらに深く組み込む政策を進めました。当時「皇民化」と呼ばれた政策では、学校制度や日本語使用、儀礼・生活上の規範を通じて「皇国臣民」としての意識を求める圧力が強まり、1940年には創氏改名が実施されました。人的動員も段階的に拡大し、軍事面では1938年に陸軍特別志願兵制度、1944年に徴兵制が実施されます。労務動員では1939年以後、日本本土などへの動員が募集、官斡旋、徴用へと制度を変えながら強化されました。これらを一括して同じ制度や同じ強制性だったと捉えず、教育・姓名・軍事・労働の各政策が異なる仕組みで戦時動員へ結びついたことを押さえる必要があります。
「皇民化」は戦争拡大のなかで何を目指したのか
日本による朝鮮の植民地支配は1910年の韓国併合から続いていました。1937年に日中戦争が始まると、朝鮮総督府は「内鮮一体」などを掲げ、朝鮮社会を日本の戦争遂行へより強く結びつける政策を進めます。こうした戦時期の同化・動員政策は、当時の政策用語に即して「皇民化」と呼ばれます。
学校教育では1938年の第三次朝鮮教育令により、朝鮮人児童が通う普通学校は小学校へ改められ、日本本土の学校制度との制度上の接近が進みました。その一方で、日本語中心の教育が強まり、朝鮮語教育の位置は後退していきます。学校外でも神社参拝や「皇国臣民」としての生活規範を求める動きが強まりました。
ここで重要なのは、「皇民化」を単なる文化政策として切り離さないことです。教育・言語・儀礼を通じた同化政策は、兵士や労働力を含む人的資源を帝国全体で動員する戦時政策と結びついていました。ただし、政策が強化されたことと、朝鮮社会の人びとが一様にそれを受け入れたことは同じではありません。
創氏改名は何を変え、なぜ単純な「改名強制」だけでは説明できないのか
1939年11月、朝鮮総督府は朝鮮民事令を改正し、「朝鮮人ノ氏名ニ関スル件」を公布しました。これに基づく制度は1940年2月から実施され、朝鮮の戸籍制度に日本式の「氏」を導入しました。一般に創氏改名と呼ばれます。
創氏と改名は制度上同じ手続きではありませんでした。創氏は家を単位とする「氏」を定める制度で、届出をしない場合にも既存の姓などを基礎に氏が設定されました。これに対し、個人の名を日本式に変える改名は申請を要する別の手続きでした。
しかし、制度上の区別だけを見て「自由な選択だった」と理解することもできません。総督府は創氏を積極的に奨励し、行政機関や地域社会を通じて届出を促す圧力が働き、反対や不実施の意思表示が難しい状況も生まれました。創氏改名は、植民地支配のもとで朝鮮人の家族制度や姓名を日本の制度へ組み込もうとした政策として理解する必要があります。
志願兵制度から徴兵制へ、軍事動員はどう拡大したのか
朝鮮では1938年に陸軍特別志願兵制度が実施されました。これは当初から徴兵制だったわけではなく、志願者を選抜し、朝鮮総督府の陸軍兵志願者訓練所で訓練したうえで日本陸軍へ入隊させる制度でした。海軍でも1943年に特別志願兵制度が始まり、軍事動員の対象が広がりました。
その後、戦争の長期化と兵力需要の増大を背景に兵役法が改正され、朝鮮でも徴兵制を実施することが決まりました。徴兵検査などの準備を経て、1944年から朝鮮人男性が徴兵の対象となります。志願を制度上の入口とした1938年の段階と、国家が兵役義務を課す1944年の段階は区別して覚える必要があります。
軍事動員は「皇民化」とも結びつけて説明されました。日本側は兵役を「皇国臣民」としての義務や一体化の証しとして位置づけましたが、植民地支配下の朝鮮人が本土の日本人と同じ政治的権利や法的地位を得たわけではありません。同化を掲げながら支配上の差異が残ることも、植民地統治の特徴でした。
労務動員はなぜ「1939年から一律に徴用」ではないのか
戦争遂行には兵士だけでなく、炭鉱・鉱山・工場・土木などで働く大量の労働力が必要でした。朝鮮から日本本土などへの労働力動員は1939年以後に拡大しますが、その方法は一つではありませんでした。初期には企業による募集を行政が認可・統制する方式が用いられ、その後、朝鮮総督府や地方行政機関が要員確保に強く関与する官斡旋へ移っていきました。
1942年の「朝鮮人労務者活用ニ関スル方策」は、朝鮮の若年労働者を日本本土の総動員業務へ活用し、総督府の強い指導で送り出す方針を示しました。さらに1944年9月には、日本本土へ送り出す朝鮮人労務者にも国民徴用令が本格的に適用され、法令に基づく徴用の段階へ進みます。
したがって、1939〜1945年の朝鮮人労務動員をすべて同じ制度名で説明するのは不正確です。一方、募集や官斡旋の段階でも、総督府や地方行政による割当て・勧奨などを背景に本人の意思が強く制約された事例がありました。制度名称の違いを確認することと、実際の動員過程で生じた強制性を軽視しないことの両方が必要です。
戦時動員の強化は朝鮮統治をどう変えたのか
1937年以後の朝鮮では、教育・姓名・軍事・労働など別々の領域で進められた政策が、「内鮮一体」や戦争完遂という目標のもとで相互に結びついていきました。朝鮮総督府は、朝鮮社会を日本帝国の戦争遂行に必要な人員・物資・精神動員の基盤として組織しようとしました。
ただし、その過程を一つの「皇民化政策」がすべてを同じ方法で強制したとまとめると、制度の違いが見えなくなります。創氏改名、志願兵、徴兵、労務動員にはそれぞれ異なる法令、対象、開始時期があり、強制の仕組みも同一ではありませんでした。
同時に、制度差を強調するあまり植民地支配という共通の条件を見失うべきでもありません。これらは朝鮮人が主権を持たない日本の植民地統治下で進められた政策でした。1945年の敗戦による日本の植民地支配終了は、後のTopicで日本帝国の解体とあわせて扱います。
朝鮮の戦時動員は、1938年の陸軍特別志願兵、1940年の創氏改名、1939年以後の労務動員、1944年の徴兵制など、異なる制度が段階的に重なって強化されました。制度名と開始時期を区別しつつ、それらが植民地支配のもとで進められたことを同時に押さえるのが重要です。
Review
入試で押さえるポイント
- 1937年以後の朝鮮では「内鮮一体」などを掲げる「皇民化」政策と戦時動員が強化された
- 1938年に朝鮮で陸軍特別志願兵制度が実施され、1944年には徴兵制が実施された
- 創氏改名は1940年に実施され、創氏と改名は制度上別の手続きだったが、植民地統治下で強い政策的圧力を伴った
- 朝鮮人労務動員は1939年以後、募集・官斡旋・徴用など方法を変えながら強化された
- 1944年9月、日本本土へ送り出す朝鮮人労務者にも国民徴用令が本格適用された
- 同化を掲げても朝鮮が植民地である法的・政治的な支配関係が解消されたわけではない
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- 問1
1937年以後の「皇民化」政策は、1910年以来の植民地支配を維持したまま、教育・言語・儀礼と人的動員を戦争遂行へより強く結びつける方向で進められた。
朝鮮の植民地支配は1910年から続いており、1937年以後は「内鮮一体」などを掲げて同化政策と戦時動員がさらに強化されました。
本文の該当箇所を確認する - 問2
創氏改名では、創氏と改名は制度上まったく同じ手続きで、全員が一律に個人名を日本式へ変更することを法令で義務づけられた。
創氏は家を単位とする「氏」を設ける制度で、個人名を変える改名とは別の手続きでした。ただし、創氏には植民地統治下で強い政策的・社会的圧力が伴いました。
本文の該当箇所を確認する - 問3
朝鮮の軍事動員では、1938年に陸軍特別志願兵制度が始まり、その後1944年に徴兵制が実施された。
1938年の制度は志願者を選抜する仕組みで、国家が兵役義務を課す徴兵制とは異なります。徴兵制の実施は1944年です。
本文の該当箇所を確認する - 問4
1939年以後の朝鮮人労務動員は、開始時から終戦まで一貫して国民徴用令による徴用だけで行われた。
労務動員は募集、官斡旋、徴用へと方法を変えながら強化されました。日本本土への朝鮮人労務者に国民徴用令が本格適用されたのは1944年です。
本文の該当箇所を確認する - 問5
「内鮮一体」や兵役参加が掲げられたことで、植民地朝鮮の人びとは本土の日本人と同じ政治的権利と法的地位を得た。
同化や一体化が政策上掲げられても、朝鮮の植民地としての支配関係が解消されたわけではなく、本土の日本人と同じ政治的権利や法的地位が保障されたわけでもありません。
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Timeline
関連する年表
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Sources
参考資料
- 朝鮮総督府陸軍兵志願者訓練所国立公文書館アジア歴史資料センター
1938年の陸軍特別志願兵制度と志願者訓練所の設置・役割を確認
- 表から検索(年表:台湾/朝鮮)|公文書に見る外地と内地国立公文書館アジア歴史資料センター
朝鮮の国民徴用令施行、創氏改名、1944年の日本への労働力動員への国民徴用令適用などの時系列を確認
- 朝鮮人労務者活用ニ関スル方策国立国会図書館
1942年の朝鮮人労務者動員方針と総督府の関与、国民徴用令の発動方針を確認
- 第81回帝国議会 貴族院 兵役法中改正法律案特別委員会 第1号 昭和18年1月30日国立国会図書館
朝鮮で1938年に志願兵制度が設けられたこと、徴兵制導入に向けた兵役法改正の政府説明を確認
- 創氏改名―日本の朝鮮支配の中で国立国会図書館
創氏改名を単純な改名のみとせず、制度と強制の実態を区別して扱うための研究書誌を確認
- 朝鮮人の創氏改名についての本は多いが、在日朝鮮人についての記述がない国立国会図書館 レファレンス協同データベース
1939年11月の制令公布、1940年2月の制度実施など創氏改名の基本時系列を確認
