全国水平社と部落解放運動―差別を受けた人々はなぜ自ら解放を掲げて組織したのか
一言でいうと
近代日本では、旧来の身分制度が法令上廃止された後も、社会のなかで部落差別を受ける人々が存在し、差別意識や慣行は残り続けました。政府や社会改良家などによる改善・融和の取り組みも行われましたが、当事者の側には、外部から保護や改善の対象として扱われるのではなく、自分たち自身が人間としての尊厳を掲げて差別に立ち向かうべきだという考えが強まります。1921年秋、奈良県の西光万吉・阪本清一郎らが中心となって全国的な組織づくりを進め、1922年3月3日に京都で全国水平社の創立大会が開かれました。そこで採択された水平社宣言と綱領は、当事者自身の行動による解放、人間の尊厳、経済・職業上の自由を前面に掲げました。全国水平社は各地へ急速に広がり、差別的な言動や扱いに対して組織的に抗議する運動を展開します。その意義は、差別を受ける人々を固定的な集団として捉えることではなく、社会的につくられ続けていた差別に対し、当事者が自ら主体となって権利と尊厳を要求した点にあります。
身分制度がなくなった後も、なぜ差別は残ったのか
明治初期に旧来の身分制度は法令上廃止されました。しかし、制度を改めるだけで社会の偏見や差別的な慣行がただちに消えたわけではありませんでした。近代社会のなかでも、特定の地域やそこに関係すると見なされた人々が差別を受ける状況が続きました。
ここで重要なのは、差別を受けた人々を生まれつき固定された集団として説明しないことです。問題の中心は、社会の側が出身や居住地などを理由に人を区別し、不利益や排除を生み続けたことにありました。
政府や民間では生活改善や融和を進める取り組みも行われましたが、当事者を援助される側として扱うだけでは、差別そのものをなくす主体的な運動にはならないという批判が生まれていきました。
なぜ「自ら解放する」組織が求められたのか
1921年秋、奈良県掖上村の西光万吉・阪本清一郎らは、差別を受ける当事者自身による全国組織の結成に向けて準備を始めました。御所市柏原は、この結成を担った青年たちの活動拠点の一つでした。
彼らが重視したのは、差別される側を一方的に「改善」するのではなく、差別を生み出す社会のあり方に対して当事者が声を上げることでした。自ら組織し、自ら解放を求めるという方向は、それまでの外部主導の取り組みとの大きな違いでした。
この動きは、労働者・農民・女性などがそれぞれ組織をつくり、政治的・社会的要求を公に掲げるようになった大正期の社会運動の広がりとも重なっていました。
1922年の創立大会と水平社宣言は何を掲げたのか
1922年3月3日、京都で全国水平社の創立大会が開かれました。大会では綱領と水平社宣言が採択され、全国的な部落解放運動の組織が発足しました。
綱領は、当事者自身の行動による解放、経済・職業上の自由、人間性の尊重を掲げました。水平社宣言も、人を尊敬することを通じて自ら解放しようとする集団運動を強く打ち出しています。
宣言の原文には、当時使われていた現在では不適切な歴史的呼称が含まれています。このTopicではその語を無批判に再掲せず、宣言が示した自己解放と人間の尊厳という中心的な内容を確認します。
水平社宣言の核心は、差別を受ける人々を外から救済することではなく、当事者自身が人間の尊厳を掲げて解放の主体になることにありました。
全国水平社は差別にどう向き合ったのか
全国水平社は創立後、各地に地方組織を広げました。法政大学大原社会問題研究所の年表解説では、1923年末には3府27県に約300の水平社が組織されたとされています。
運動は、差別的な言動や扱いが起きた場合に、それを個人だけの問題として受け流さず、組織的に抗議し、差別した側に問題を認識させようとしました。当時はこれを「糾弾」と呼び、全国水平社の運動を特徴づける方法の一つとなりました。
ただし、個々の抗議の方法や後年の路線対立までを一括して評価することはできません。大正期の出発点として重要なのは、差別を当然視しないことを社会に突きつけ、当事者が集団として権利を主張する回路をつくったことです。
全国水平社の成立は何を変えたのか
全国水平社の成立によって、部落差別は単に地域の「生活改善」で解決すべき問題ではなく、人間の尊厳と権利を侵す社会的な差別の問題として、より明確に告発されるようになりました。
また、差別を受ける人々自身が全国組織をつくり、宣言・綱領を通じて自らの言葉で要求を示したことは、日本の人権運動史の重要な転換点となりました。
一方で、全国水平社が成立したことで差別が消えたわけではありません。運動はその後も長く続き、内部の路線対立や国家・社会との緊張も経験します。このTopicでは、まず1922年の創立が示した当事者主体の解放運動という出発点を押さえることが重要です。
Review
入試で押さえるポイント
- 旧来の身分制度が法令上廃止された後も部落差別は社会のなかに残り、差別を受ける人々は不利益や排除に直面した
- 1921年秋に奈良県の西光万吉・阪本清一郎らが全国組織の結成準備を進め、1922年3月3日に京都で全国水平社が創立された
- 水平社宣言と綱領は、当事者自身の行動による解放、人間の尊厳、経済・職業上の自由を掲げた
- 全国水平社は差別的な言動や扱いに組織的に抗議し、各地へ急速に組織を広げた
- 全国水平社の意義は、差別を受ける人々を固定的な集団として説明することではなく、社会的な差別に対して当事者が自ら権利と尊厳を主張した点にある
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明治初期に旧来の身分制度が法令上廃止されたことで、部落差別も社会からただちに消滅した。
法制度が変わった後も、出身や居住地などを理由とする偏見や差別的慣行、不利益や排除は社会に残りました。
本文の該当箇所を確認する - 問2
全国水平社を準備した人々は、外部から一方的に改善される対象ではなく、差別を受ける当事者自身が解放の主体になることを重視した。
西光万吉・阪本清一郎らは、当事者が自ら組織し、差別を生み出す社会に対して声を上げる運動を目指しました。
本文の該当箇所を確認する - 問3
1922年の水平社宣言と綱領は、差別問題を外部の慈善家に任せ、当事者は保護を受けるべきだとする考えを中心に据えた。
宣言と綱領は、当事者自身の行動による解放、人間の尊厳、経済・職業上の自由を前面に掲げました。
本文の該当箇所を確認する - 問4
全国水平社は差別的な言動や扱いを個人だけの問題として受け流さず、地方組織を広げながら組織的に抗議した。
全国水平社は各地に組織を広げ、差別を社会的問題として認識させるため組織的な抗議を行いました。
本文の該当箇所を確認する - 問5
1922年に全国水平社が創立されたことで部落差別は解消し、その後は解放運動を続ける必要がなくなった。
全国水平社の成立は当事者主体の運動の重要な出発点でしたが、差別は残り、解放運動はその後も長く続きました。
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Sources
参考資料
- 全国水平社[社]1922.3.3法政大学大原社会問題研究所
全国水平社の結成準備、1922年3月3日の創立大会、組織拡大と差別への抗議運動を確認
- 水平社博物館御所市
全国水平社の創立日、人間の尊厳と平等を掲げたこと、奈良県御所市柏原の青年たちが結成の中心となったことを確認
- 全国水平社綱領・宣言京都大学
綱領・宣言原文から、当事者自身の行動による解放、経済・職業上の自由、人間尊重を確認。本文では歴史的差別語を再掲しない
- 全国水平社1922-1942 : 差別と解放の苦悩国立国会図書館サーチ
近代の部落問題、身分制廃止後の差別、部落青年の自主的決起と全国水平社の思想的背景を確認