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昭和時代1945〜1947年政治・外交重要度 A

日本国憲法の制定―占領下で新しい憲法はどのように作られ、統治原理をどう変えたのかにほんこくけんぽうのせいてい せんりょうかであたらしいけんぽうはどのようにつくられとうちげんりをどうかえたのか

一言でいうと

日本国憲法は、占領下でGHQが一方的に完成品を日本へ与えただけのものでも、日本政府だけが占領当局から独立して作ったものでもありません。1945年10月に日本政府が憲法問題調査委員会(松本委員会)を設けましたが、その改正案は明治憲法の基本構造を大きく変えない内容でした。1946年2月、GHQはこれを退け、自ら作成した草案を日本政府へ提示しました。政府はGHQ草案を基礎として日本語案を作り、GHQとの協議を経て3月に要綱、4月に草案を公表しました。その後、第90回帝国議会で衆議院・貴族院が審議し、国民主権の明確化、生存権、文民条項などの修正が加えられ、11月3日に公布、1947年5月3日に施行されました。制定過程には占領当局の決定的な影響と、日本政府・帝国議会による起草・交渉・修正の双方があり、その結果、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義を柱とする新しい統治原理が成立しました。

敗戦後、なぜ憲法改正が政治課題になったのか

敗戦時の日本では、1889年に発布された大日本帝国憲法だいにほんていこくけんぽうがなお効力を持っていました。しかし、ポツダム宣言は民主主義的傾向の復活・強化や基本的人権の尊重を求め、占領開始後のGHQも政治制度の民主化を進めました。戦前の統治制度をどこまで改めるかが早くから問題となりました。

1945年10月、マッカーサーは近衛文麿や幣原喜重郎首相に憲法改正の必要性を示し、日本政府は10月25日に松本烝治国務相を中心とする憲法問題調査委員会(松本委員会)けんぽうもんだいちょうさいいいんかいまつもといいんかいを設置しました。委員会は明治憲法の改正案を検討しました。

この時点で新憲法の内容が決まっていたわけではありません。政府内の検討に加え、民間の憲法研究会や各政党も独自の憲法構想を発表し、敗戦後の統治原理をめぐる複数の議論が存在しました。

松本委員会案はなぜGHQに受け入れられなかったのか

松本委員会では複数の案が検討されましたが、政府が1946年2月8日にGHQへ提出した「憲法改正要綱」は、天皇を統治権の中心に置く明治憲法の基本構造を大きく変更しない内容でした。GHQは、民主化を進めるには改正が不十分だと判断しました。

その背景には、占領政策をめぐる国際的な動きもありました。連合国側では極東委員会の設置が進み、日本の憲法問題に各国が関与する可能性が高まっていました。マッカーサーは2月3日に天皇制の存続、戦争放棄、封建制度の廃止などを柱とする「三原則」を民政局へ示し、短期間で新しい草案を作成させました。

したがって、GHQ草案作成を日本政府案への単なる「修正」と見るのは適切ではありません。GHQは松本委員会を基礎とする政府案を事実上退け、統治原理を大きく変える別の草案を提示する方針を採りました。

GHQ草案はどのように日本政府案へ変わったのか

GHQ民政局は1946年2月4日から草案作成を進め、12日に完成したGHQ草案じーえいちきゅーそうあんを13日に日本政府へ提示しました。草案には国民主権を基礎とする考え方、象徴としての天皇、基本的人権の保障、戦争放棄など、明治憲法から大きく異なる原則が盛り込まれていました。

日本政府は当初、松本案の説明を続けようとしましたが、2月22日の閣議でGHQ草案に沿った改正を進める方針を決めました。法制局の入江俊郎・佐藤達夫らを中心に日本語の政府案を作成し、3月4〜5日にはGHQ民政局との詳細な協議・修正を行いました。

3月6日、政府は「憲法改正草案要綱」を公表し、4月17日には口語体の「憲法改正草案」を発表しました。ここではGHQ草案の基本構造が強く反映されましたが、日本政府側による翻訳・条文化・修正とGHQとの交渉を経て、日本政府の法案として整えられていきました。

帝国議会の審議は形式的な手続だけだったのか

政府は1946年6月20日、明治憲法第73条の改正手続に従う形で「帝国憲法改正案」を第90回帝国議会へ提出しました。この議会には、4月の総選挙で初当選した39人の女性衆議院議員も参加していました。

衆議院では本会議・憲法改正案委員会・小委員会で審議され、各会派の修正案が調整されました。その結果、国民主権をより明確にする表現、生存権の規定、第9条第2項へのいわゆる芦田修正など、政府提出案に複数の変更が加えられました。8月24日、衆議院は修正案を可決しました。

貴族院でも審議と修正が行われ、国務大臣を文民とする規定などが追加されました。10月6日に貴族院が修正可決し、7日に衆議院が回付案を可決しました。したがって議会審議を単なる追認手続とみなすのも正確ではありません。一方で、GHQや極東委員会が草案・修正へ大きな影響を及ぼしていた占領下の制定過程だったことも同時に押さえる必要があります。

日本国憲法は統治原理をどう変えたのか

新憲法の基本原理として、国民主権こくみんしゅけん、基本的人権の尊重きほんてきじんけんのそんちょう、平和主義へいわしゅぎが重要です。前文は主権が国民に存することを宣言し、天皇は第1条で「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と位置づけられました。

基本的人権については、法の下の平等、思想・良心、信教、表現などの自由に加え、生存権や教育を受ける権利なども規定されました。Topic 35で見た第24条の個人の尊厳・両性の本質的平等も、この権利保障を家族制度へ及ぼす重要な規定でした。

第9条は戦争放棄と戦力不保持、交戦権の否認を定めました。戦前の国家体制からの転換は、単に条文を新しくしただけではなく、国家権力の正統性、天皇の位置、国民の権利、戦争と国家の関係を根本から組み替えるものでした。

公布と施行まで、どの段階を区別すべきか

帝国議会での可決後、改正案は枢密院で審査され、1946年11月3日に日本国憲法にほんこくけんぽうとして公布されました。施行日は半年後の1947年5月3日とされました。

施行に向けて、国会法、内閣法、裁判所法、地方自治法など新憲法に対応する法律の制定や、民法・刑法など既存法の改正が進められました。つまり憲法の制定と、憲法原理を具体的な国家制度へ移す作業は連続していました。

制定過程を評価するときは、「GHQが作った憲法」とだけ言えば日本政府・議会の起草・審議・修正を見失い、「日本が自主的に作った憲法」とだけ言えば占領当局による政府案拒否とGHQ草案の決定的影響を見失います。占領という力関係のもとで、GHQ、日本政府、帝国議会、さらに極東委員会など複数の主体が関与して成立した過程として捉えることが重要です。

日本国憲法の制定は、松本委員会による日本政府の検討、GHQによる政府案の拒否と草案提示、日本政府による起草・交渉、第90回帝国議会での実質的な修正を経た占領下の政治過程でした。「GHQの一方的押し付け」か「日本だけの自主制定」かという二択では、制定過程の実態を捉えられません。

Review

入試で押さえるポイント

  • 1945年10月25日に憲法問題調査委員会(松本委員会)が設置され明治憲法改正を検討した
  • GHQは松本委員会を基礎とする日本政府案を不十分と判断し1946年2月13日にGHQ草案を提示した
  • 日本政府はGHQ草案を基礎に起草・交渉を行い3月6日に憲法改正草案要綱、4月17日に憲法改正草案を公表した
  • 第90回帝国議会では国民主権の明確化、生存権、芦田修正、文民条項など政府提出案への修正が行われた
  • 日本国憲法は国民主権・基本的人権の尊重・平和主義を柱とし天皇を日本国・日本国民統合の象徴と位置づけた
  • 日本国憲法は1946年11月3日に公布され1947年5月3日に施行された

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  1. 問1

    松本委員会を基礎とする日本政府案は、国民主権を明確にして天皇を象徴とする統治原理へ全面的に転換したため、GHQもその基本構造を受け入れた。

  2. 問2

    GHQ草案は制定過程に決定的な影響を与えたが、日本政府もそれを基礎に日本語案を起草し、GHQとの協議・修正を経て政府案を整えた。

  3. 問3

    第90回帝国議会では政府提出案を一字も変更せず可決したため、議会審議は形式的な手続だけだった。

  4. 問4

    日本国憲法は、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義を重要な原理とし、天皇を日本国と日本国民統合の象徴と位置づけた。

  5. 問5

    日本国憲法は1946年11月3日に公布され、その同じ日に施行された。

Timeline

関連する年表

前後の出来事とつなげて位置を確認できます。

  1. 政府が憲法問題調査委員会を設置する
  2. GHQが日本政府に憲法草案を提示する
  3. 政府がGHQとの協議を踏まえ憲法改正草案要綱を発表する
  4. 日本国憲法が公布される
  5. 日本国憲法が施行される

Sources

参考資料

  1. 年表|日本国憲法の誕生国立国会図書館

    1945年の松本委員会設置からGHQ草案、政府草案、帝国議会提出、公布・施行までの主要日付を確認

  2. 松本委員会『憲法改正要綱』と『憲法改正案』国立国会図書館

    松本委員会の甲案・乙案と日本政府側の改正検討を確認

  3. GHQ草案 1946年2月13日国立国会図書館

    GHQ草案の作成・提示と日本政府による受入れ決定の経緯を確認

  4. 概説 第3章 GHQ草案と日本政府の対応国立国会図書館

    2月13日以降の日本政府とGHQの交渉、3月2日案・3月5日案の形成を確認

  5. 衆議院修正可決『帝国憲法改正案』国立国会図書館

    衆議院・貴族院による国民主権、生存権、第9条、文民条項などの修正を確認

  6. 詳細年表 4 1946年4月22日~1946年11月25日国立国会図書館

    第90回帝国議会の審議、衆議院・貴族院での可決、11月3日の公布を確認

  7. 日本国憲法国立国会図書館

    国民主権、象徴天皇制、基本的人権、第9条、第24条などの条文を確認

  8. 概説 第5章 憲法の施行国立国会図書館

    1947年5月3日の施行と新憲法に対応する関連法制の整備を確認