2050年カーボンニュートラルとGX―脱炭素政策はなぜ産業政策と結び付いたのか
一言でいうと
令和の気候変動政策では、温室効果ガス削減を環境政策だけでなく、エネルギー供給、産業構造、技術開発、民間投資を同時に変える経済政策として進める考え方が強まりました。2020年10月26日、菅義偉首相は国会の所信表明演説で、2050年までに温室効果ガス排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルを目指すと表明しました。2021年4月22日には、2030年度の温室効果ガス排出量を2013年度比46%削減し、さらに50%削減の高みに向けて挑戦を続ける目標が示されます。これらは将来の目標であり、その時点で削減が達成されたことを意味しません。政府は脱炭素を新しい投資や技術革新、産業競争力の強化につなげる方針を打ち出し、2022年からGX(グリーントランスフォーメーション)の制度設計を本格化させました。2023年2月にはGX実現に向けた基本方針を閣議決定し、5月12日にGX推進法が成立しました。GXでは再生可能エネルギー、省エネルギー、原子力、水素・アンモニアなどのエネルギー政策に加え、GX経済移行債、カーボンプライシング、民間投資促進などの政策手段を組み合わせます。令和の脱炭素政策は、排出削減目標を掲げる段階から、エネルギー安定供給と産業転換を含む長期投資の仕組みを整える段階へ進んだのです。
2050年カーボンニュートラル表明は、気候変動政策をどう位置づけ直したのか
2020年10月26日、菅義偉首相は第203回国会の所信表明演説で、日本が2050年までに温室効果ガス排出を全体としてゼロにし、カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すと表明しました。これは長期的な政策目標であり、2050年までのエネルギー・産業・生活の変化を方向づける方針でした。
この演説で政府は、気候変動対策を経済成長への制約ではなく、産業構造や経済社会を変革し成長につなげるものと位置づけました。次世代型太陽電池、カーボンリサイクルなどの技術革新や、規制改革、グリーン投資の拡大を進める考え方が示されます。
この転換を理解するうえでは、2050年目標を排出削減の実績と混同しないことが重要です。政府が示したのは将来の到達目標と政策の方向であり、実際の排出量はその後のエネルギー構成、企業投資、技術普及、国民生活など多くの条件によって変化します。
2050年カーボンニュートラルは2020年に示された長期目標であり、その時点で排出削減が達成されたことを意味しません。
なぜ2050年目標だけでなく、2030年度46%削減目標が必要だったのか
2050年という長期目標だけでは、現在から何をどの速度で変えるのかを具体化できません。そこで政府は2021年4月22日、2030年度の温室効果ガス排出量を2013年度比46%削減する目標を決定し、さらに50%削減の高みに向けて挑戦を続ける方針を示しました。
2030年度目標は、2050年カーボンニュートラルへ至る途中の節目として、電源構成、省エネルギー、再生可能エネルギー、産業部門や家庭部門の対策を具体化する基準になります。その後の地球温暖化対策計画やエネルギー政策も、この目標を前提として組み立てられました。
ただし『46%』は政策目標であり、発表時点の実績値ではありません。また基準は2013年度であるため、単に『2030年までに46%』とだけ覚えるのではなく、基準年度と目標年度を組み合わせて理解する必要があります。
脱炭素は、なぜ技術・投資・産業競争力の政策へ広がったのか
カーボンニュートラルを実現するには、発電方法を変えるだけでなく、製鉄、化学、自動車、建物、輸送など幅広い分野で設備や技術を更新する必要があります。政府はこの大規模な転換を、新しい製品や市場を生み出す成長政策にもつなげようとしました。
菅政権は2050年目標と並行してグリーン成長戦略を進め、研究開発基金、税制、規制改革などを通じて企業の投資を促す方針を打ち出しました。ここでは、環境規制によって経済活動を抑えるという発想だけでなく、脱炭素技術への投資を産業構造の転換と経済成長へ結び付ける発想が前面に出ています。
この考え方が岸田政権でGXへ引き継がれました。GXはGreen Transformationの略で、化石燃料中心の経済・社会・産業構造をクリーンエネルギー中心へ移行させながら、経済社会システム全体を変革する政策として構想されました。
GXは脱炭素を環境政策だけでなく、産業構造・技術・投資を変える経済政策として進める考え方です。
なぜGXにはエネルギー安定供給も組み込まれたのか
2022年には世界的なエネルギー価格上昇やロシアのウクライナ侵攻などを背景に、燃料を海外から多く輸入する日本のエネルギー供給の脆弱性が改めて意識されました。脱炭素を進めても、電力や燃料を安定して確保できなければ国民生活や産業活動を維持できません。
そのためGXの議論では、温室効果ガスの削減に加えて、安定的で安価なエネルギー供給を確保することが重要な条件とされました。省エネルギー、再生可能エネルギー、送電網、蓄電池、水素・アンモニアなどに加え、安全性の確保を前提とした原子力の活用も政策体系に含まれました。
ここでも、脱炭素とエネルギー安全保障を同じものとして扱うのではなく、異なる政策目的を同時に満たそうとした点を見る必要があります。GXは気候変動対策、エネルギー安定供給、産業競争力という複数の課題を一つの長期投資戦略へまとめる試みでした。
2023年のGX基本方針とGX推進法は、どのような仕組みを整えたのか
政府は2022年7月にGX実行会議を設置して制度設計を進め、2023年2月10日に『GX実現に向けた基本方針』を閣議決定しました。基本方針は、2030年度46%削減と2050年カーボンニュートラルの実現に加え、エネルギー安定供給、産業競争力強化、経済成長を同時に追求する方向を示しました。
基本方針では、今後10年間で150兆円を超える官民のGX投資が必要になるとの見通しを置き、国がGX経済移行債を活用して20兆円規模の先行投資支援を行うことや、カーボンプライシング、新しい金融手法などを組み合わせて民間投資を促す考え方を示しました。
これを制度化するGX推進法は2023年5月12日に成立しました。法律はGX推進戦略、GX経済移行債、成長志向型カーボンプライシング、GX推進機構などの枠組みを定めました。ただし制度の一部は後年に段階的に施行されるため、2023年の法律成立と、各制度が実際に全面運用される時点を同一視しないことが必要です。
2023年のGX推進法は、脱炭素目標そのものを新しく定めた法律というより、長期投資とカーボンプライシングなどを通じてGXを進める制度枠組みを整えた法律です。
このページで覚えたい流れ
2020年10月に2050年カーボンニュートラルを表明 → 2021年4月に2030年度46%削減目標を設定 → 脱炭素を成長・投資政策へ結び付けるグリーン成長戦略を推進 → エネルギー安定供給の課題も加わりGXとして再構成 → 2023年2月にGX基本方針 → 5月にGX推進法成立、という流れで整理します。
令和の脱炭素政策は、長期目標の表明から中間目標、さらに投資・エネルギー・産業政策を一体化したGXの制度整備へ進みました。
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入試で押さえるポイント
- 2020年10月26日に政府が2050年カーボンニュートラルを目指す方針を表明した
- 2021年4月22日に2030年度の温室効果ガスを2013年度比46%削減する目標を示した
- 2050年目標・2030年度目標は政策目標であり、発表時点の排出削減実績ではない
- GXは脱炭素をエネルギー安定供給・産業競争力・経済成長・投資政策と結び付ける考え方
- 2023年2月10日にGX実現に向けた基本方針が閣議決定された
- GX推進法は2023年5月12日に成立し、GX経済移行債やカーボンプライシングなどの制度枠組みを定めた
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2020年の2050年カーボンニュートラル表明は、その時点で日本の温室効果ガス排出量が実質ゼロになったことを示す実績発表だった。
2050年カーボンニュートラルは将来の到達目標と政策方向を示したもので、2020年時点の排出実績ではありません。
本文の該当箇所を確認する - 問2
2021年に示された2030年度目標は、温室効果ガス排出量を2013年度比46%削減するという中間目標だった。
2050年目標へ向かう途中の節目として、2013年度を基準に2030年度46%削減が掲げられました。
本文の該当箇所を確認する - 問3
GXは脱炭素を環境規制だけの問題として扱い、産業競争力や技術投資、経済成長との結び付きは政策対象に含めない考え方である。
GXは脱炭素を技術・投資・産業構造の転換と結び付け、経済成長や競争力強化も同時に狙う政策です。
本文の該当箇所を確認する - 問4
GXでは、温室効果ガス削減に加えて、安定的なエネルギー供給や供給コストも重要な政策課題とされた。
令和期のGXは気候変動対策だけでなく、エネルギー安全保障や産業競争力を同時に追求する枠組みとして設計されました。
本文の該当箇所を確認する - 問5
2023年のGX推進法は、2050年カーボンニュートラル目標を初めて定めた法律であり、それ以前には同目標は示されていなかった。
2050年目標は2020年に表明済みです。GX推進法は、GX経済移行債やカーボンプライシングなど投資・制度の枠組みを整えました。
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Sources
参考資料
- Policy Speech by the Prime Minister to the 203rd Session of the DietPrime Minister of Japan and His Cabinet
2020年10月26日の2050年カーボンニュートラル表明と、環境対策を成長戦略へ結び付ける政府方針を確認
- Press Conference by the Prime Minister regarding the Reduction Targets for Greenhouse Gas Emissions, the Declaration of a State of Emergency, and Other MattersPrime Minister of Japan and His Cabinet
2021年4月22日の2030年度46%削減目標を確認
- 第1部 第3章 第2節 GXの実現に向けた日本の対応(エネルギー白書2023)資源エネルギー庁
GX実行会議、GX基本方針、エネルギー安定供給、150兆円超の官民投資とGX推進法案の位置づけを確認
- GX(グリーントランスフォーメーション)経済産業省
GX基本方針、GX推進法、GX推進戦略の制度関係と施行時期を確認
- GX実現に向けた基本方針(2023年2月10日閣議決定)経済産業省・資源エネルギー庁
GX経済移行債、カーボンプライシング、エネルギー政策と官民投資の枠組みを確認
