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室町時代14〜15世紀社会・経済重要度 A

惣村と貨幣経済―農業・流通の発達は室町社会をどう変えたのかそうそんとかへいけいざい のうぎょうりゅうつうのはったつはむろまちしゃかいをどうかえたのか

一言でいうと

室町時代には、農業生産や手工業の発達を背景に、商品が地域を越えて流通する機会が増えました。馬借や問丸が物資輸送を支え、市の開催回数も増え、渡来銭を用いる取引が広がります。京都・博多・堺などの都市や港町が発展し、土倉・酒屋のように金融に関わる商工業者も力を持ちました。一方、農村では住民が村としてまとまり、寄合や掟によって共同体を運営する惣村が発達します。農業・商業・貨幣経済の変化と村の自治を別々に暗記せず、人や物や金が活発に動く社会のなかで地域社会の結びつきも強まったと理解します。

室町時代の農業は何が変わったのか

室町時代には、土地をより集約的に利用する農業が各地で発達しました。代表的なのが二毛作にもうさくです。

一つの田畑で一年に二種類の作物を栽培する方法で、稲を収穫したあとに麦を育てることなどが行われました。ただし室町時代になった瞬間に全国で始まったわけではなく、鎌倉時代後期からすでにみられ、普及には地域差がありました。

牛馬の利用、水利の整備、肥料や作物の工夫なども農業生産を支えました。新技術が一度に登場したのではなく、中世を通じて農業の集約化が進んだと理解します。

農業が発達すると、なぜ商業も活発になるのか

農民が生産するものは、自分たちが食べる米や麦だけではありません。茶・藍・麻など、販売や加工を意識した作物も各地で生産されました。

さらに紙・織物・陶器などの手工業しゅこうぎょうも発達し、地域ごとの特産物がつくられるようになります。

余剰生産物や商品作物を市場で売り、別の商品を買う関係が広がるほど、生産地と市場を結ぶ流通も重要になります。室町時代の経済発達は、都市の商人だけでなく農村での商品生産とも結びついていました。

馬借と問丸は何をしていたのか

商品が増えれば、それを運ぶ仕組みも必要になります。陸上輸送で活躍したのが馬借ばしゃくです。馬を使って商品や年貢などを運びました。

港町などで商品の保管・中継・輸送や取引に関わったのが問丸といまるです。問丸は廻船人や馬借など、多様な流通の担い手とも結びついていました。

馬借は陸運、問丸は水運という暗記だけで終わらせず、生産地から市場・都市・港へ商品を動かす流通の担い手として理解します。

六斎市とは何か

商品の取引が活発になると、市場も変化します。教科書では鎌倉時代の三斎市に対し、室町時代には月6回開かれる六斎市ろくさいいちが各地に広がったと整理されます。

市の開催回数が増えることは、商品を売買する機会が増えたことを示します。ただし、すべての地域で同じ時期に同じ規模の六斎市が成立したわけではなく、市場の実態には地域差があります。

重要なのは、自給だけで生活するのではなく、市場を通じて商品を交換する割合が大きくなっていったことです。

座とはどのような組織だったのか

中世の商工業では座ざも重要です。座は商人や職人などが結成した同業者の組織で、寺社や公家などの保護を受ける代わりに税や奉仕を負担しました。

その一方で、特定の商品を販売する権利などの特権を認められる場合もありました。座は商業を組織する仕組みであると同時に、特定の商人・職人の権益を守る仕組みでもありました。

後の戦国時代に楽市・楽座が問題になる背景にも、このような中世商業の仕組みがあります。

なぜ中国の銭が日本で使われたのか

商品を交換する機会が増えると、貨幣の必要性も高まります。中世の日本では国家が銅銭を継続的に鋳造して供給していなかったため、中国などから渡来した銭貨が広く利用されました。

宋銭や明銭などの中国銭を含む渡来銭とらいせんが流通し、15世紀には商品流通の発達にともなって銭貨への需要も高まりました。

年貢を銭で納める代銭納が行われる場合もあり、貨幣は商人同士の取引だけでなく、農村の年貢納入や土地・金融取引にも関わりました。

土倉・酒屋とは何だったのか

貨幣経済が広がると、金銭を貸し借りする機会も増えます。京都などで金融に大きく関わったのが土倉どそうです。土倉は物品などを担保に金銭を貸す金融業を営みました。

また酒屋さかやは酒の製造・販売を行う業者ですが、そのなかには金融活動にも関わる者がいました。

室町幕府は土倉役・酒屋役などを課し、商業・金融活動を財源の一つとしました。貨幣経済の発達が幕府財政とも結びついたことが重要です。

関銭・津料とは何か

物資を遠くまで運ぶには、道や港を通らなければなりません。中世には道路の関所などで関銭せきせんが、港や渡し場などでは津料つりょうが徴収されました。

これらは幕府・寺社・領主などにとって収入源となる一方、商人や運送業者には商品を運ぶ際の負担となりました。

交通と流通が発達すると、そこから収益を得ようとする権力も増えたことを押さえます。

なぜ都市や港町が発達したのか

商品・貨幣・人が集まる場所では、都市も発達します。政治の中心である京都には将軍・公家・寺社だけでなく、多くの商人や職人が集まりました。

博多は中国・朝鮮との交易を行う重要な港町で、堺も瀬戸内海交通などと結びつき、商業・港湾都市として発展していきます。

農村・市場・港・都市は別々の世界ではなく、商品を運ぶ流通によって結ばれていました。

惣村とはどのような村なのか

社会経済の変化と並行して、農村の内部でも新しい結びつきが強まりました。中世後期、とくに畿内やその周辺などでは住民が共同体としてまとまった惣村そうそんが発達します。

惣村では有力な農民などが中心となって寄合よりあいを開き、村の問題について話し合いました。村の規則である惣掟そうおきてを定めることもあり、山林や水の管理、治安、祭礼などを共同で運営しました。

ただし惣村は現代的な意味で平等な民主社会ではありません。構成員資格や村内の序列も存在しました。それでも村自身が一定の秩序を形成した点が重要です。

地下請とは何か

惣村の力を理解するうえで重要なのが地下請じげうけです。ここでの地下は、現地に暮らす住民側を指します。

荘園領主などが一人ひとりから直接年貢を徴収するのではなく、村がまとめて一定額の年貢納入を請け負う仕組みが地下請です。

村側には内部で負担を調整する余地が広がる一方、年貢納入の責任を集団で負うことにもなります。農民が領主から自由になった制度と単純化せず、惣村の自治と領主支配が結びついた仕組みとして理解します。

経済の発達と惣村の成長はどうつながるのか

惣村の成立を、商業が発達したから自動的に惣村ができたと説明することはできません。村の形成には、水利や山林の共同管理、祭礼、年貢負担、領主との交渉、地域の安全確保など複数の事情が関わっています。

一方、貨幣経済や流通の発達によって、農民が市場や金融、都市と関係する機会が増えたことも、中世後期の村を取り巻く重要な環境でした。

村は生産・商品販売・年貢納入・共同管理・領主との交渉などを行う社会的な単位として結びつきを強めていきました。

この変化はなぜ土一揆につながるのか

経済が発達すれば、すべての人が豊かになるとは限りません。貨幣を利用する機会が増えれば借金も生まれ、凶作や戦乱などによって返済が難しくなる場合もありました。

一方、惣村の発達によって村人が共同で行動する基盤が形成され、馬借などの輸送業者も広い交通ネットワークを持っていました。

こうした社会のなかで、借金の帳消しを求める徳政とくせい要求が大規模な集団行動へ発展します。その代表例が1428年の正長の土一揆です。次はその背景と展開を見ていきます。

このページで覚えたい流れ

鎌倉後期から農業の集約化が進む → 二毛作などが発達 → 商品作物・手工業品の生産が広がる → 馬借・問丸など流通業者が活躍 → 市場での取引が増える → 六斎市が広がる → 渡来銭を使った貨幣取引が拡大 → 土倉・酒屋など金融に関わる業者が成長 → 幕府も商業・金融活動へ課税 → 京都・博多・堺など都市・港町が発達 → 農村では惣村が形成される → 寄合・惣掟による自治 → 地下請によって村が年貢納入を請け負う → 貨幣経済と借金の広がり、集団行動の基盤形成 → 徳政要求 → 正長の土一揆へ

農業・商業・貨幣・都市・村落自治を別々の暗記事項にせず、相互につながる社会経済の変化として理解します。

Review

入試で押さえるポイント

  • 室町時代には二毛作など農業の集約化が進んだが、普及には地域差があった
  • 馬借・問丸などが商品や年貢の広域流通を支え、六斎市など市場の開催機会も増えた
  • 渡来銭を用いる貨幣経済が広がり、土倉・酒屋は金融にも関わった
  • 幕府は土倉役・酒屋役など商業・金融活動への課税を財源とした
  • 惣村では寄合・惣掟などによる自治が行われたが、村内部が完全に平等だったわけではない
  • 地下請は村が年貢納入をまとめて請け負う仕組みで、惣村の自治と結びついた

Check

理解度チェック

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0 / 5 問回答

  1. 問1

    二毛作は室町時代の開始と同時に日本全国へ一斉に普及した新しい農法だった。

  2. 問2

    馬借や問丸は、生産地から市場・都市・港へ商品や年貢を動かす流通の担い手だった。

  3. 問3

    渡来銭は商人同士の取引だけに用いられ、農村の年貢納入や金融取引には関係しなかった。

  4. 問4

    惣村は寄合や惣掟を持ったが、現代的な意味で構成員全員が完全に平等な民主社会だったわけではない。

  5. 問5

    地下請とは、農民が領主支配から完全に離れ、年貢を納めなくてよくなった制度である。

Timeline

関連する年表

前後の出来事とつなげて位置を確認できます。

  1. 農業技術が向上し二毛作などが広がる
  2. 手工業が発達し各地で特産物の生産が進む
  3. 馬借・問丸などが陸上・水上輸送を担う
  4. 座が発達し商工業者が営業上の特権を得る
  5. 六斎市が各地に広がる
  6. 土倉・酒屋が金融業を営み幕府の重要な財源となる
  7. 関銭・津料が徴収され交通と流通をめぐる権益が広がる
  8. 明銭が大量に流入し貨幣流通が広がる
  9. 京都・堺・博多などの都市と港町が発達する
  10. 農村で惣村が形成され自治的な結合が強まる
  11. 惣村が年貢納入を請け負う地下請が広がる
  12. 勘合を用いる日明貿易が始まる

Sources

参考資料

  1. 滋賀大学経済学部附属史料館にゅうすSAM第3号―村の生活と規律滋賀大学経済学部附属史料館

    今堀郷の寄合・村掟、村内の構成員資格や序列を確認する参考資料

  2. よくあるご質問―中世の市場はどんなところだったのですか?国立歴史民俗博物館

    三斎市・六斎市という学習上の整理と、中世市場の実態を単純化しないための参考資料

  3. 日本中世の流通と商業東京大学文学部・大学院人文社会系研究科

    問丸・馬借など中世流通の担い手、代銭納など貨幣流通を確認する参考資料

  4. 日本貨幣史―中世 12世紀半ば〜16世紀前半日本銀行金融研究所 貨幣博物館

    渡来銭の流通、中世国家の銭貨発行、明との交易と銭貨流入を確認する参考資料