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室町時代1428年社会・経済重要度 A

正長の土一揆と徳政―なぜ人々は借金の帳消しを求めて蜂起したのかしょうちょうのつちいっきととくせい なぜひとびとはしゃっきんのちょうけしをもとめてほうきしたのか

一言でいうと

室町時代には商品流通と貨幣経済が発達し、農民や商工業者が金銭を借りたり、物品や土地を担保にしたりする機会も増えました。1428年、近江の馬借らの動きを契機に一揆が畿内へ広がり、農民や馬借などが徳政、すなわち債務の破棄や質物の取り戻しなどを求めました。重要なのは、室町幕府が全国一律の徳政令を出したから借金が帳消しになったのではないことです。一揆勢自身が土倉・酒屋などに迫り、借用証文の破棄や質物の奪還を行う私徳政が広がりました。貨幣経済の発達による債務関係と、惣村や馬借などを通じた集団行動の基盤が結びついた事件として理解します。

なぜ借金が大きな問題になったのか

前のTopicで見たように、室町時代には渡来銭による取引が広がり、土倉・酒屋など金融に関わる業者も成長しました。借金は農業・商業・土地取引などを成り立たせるためにも利用されていました。

しかし貨幣を利用する機会が増えるほど、凶作などで予定した収入が得られなかったときには返済が難しくなります。正長元年には大飢饉や疫病を伝える史料もあり、社会不安が深まっていました。

「貧しい農民が高利貸しに怒った」とだけ覚えるのではなく、貨幣経済が発達したからこそ貸借関係が社会へ広く入り込み、債務をどう処理するかが大きな問題になったと考えます。

徳政とは何を求めることだったのか

中世の徳政とくせいは、社会を立て直す政治という意味を持つ一方、とくに債務を破棄したり、質に入れた物を取り戻したり、売却した土地について元の権利を回復したりする措置と強く結びつきました。

したがって徳政要求は、単に「政府が借金を免除する善政」を求めたというだけではありません。借用証文を破棄し、質物を取り戻すなど、貸借・担保・土地をめぐる関係をリセットしようとする要求でした。

鎌倉幕府が御家人救済を目的として出した1297年の永仁の徳政令と比べると違いが分かりやすくなります。1428年には、債務を負う側の人々自身が集団行動によって徳政を実現しようとしました。

なぜ一人ひとりではなく一揆になったのか

中世後期、とくに畿内やその周辺では惣村が発達し、寄合や惣掟を通じて村の問題を共同で処理する経験が蓄積されていました。ただし、惣村ができたから自動的に土一揆が起こったわけではありません。惣村は、人々が地域単位で相談し共同で行動できる社会的基盤の一つでした。

もう一つ重要なのが馬借ばしゃくです。馬借は馬を使って商品や年貢などを運ぶ輸送業者で、近江の大津・坂本など水運と陸運が接続する交通の要地にも集まっていました。

坂本の馬借は正長の土一揆以前にも関所などをめぐって集団行動を起こしていました。地域社会の結合と交通・流通のネットワークが、一揆を一地域だけに閉じず広げる背景の一つになったと理解します。

1428年の正長の土一揆では何が起こったのか

1428年、近江の馬借らの蜂起を契機として、徳政を求める動きが京都周辺から奈良など畿内近国へ広がりました。

一揆勢は京都の土倉・酒屋などに押しかけ、質物を取り戻したり借用証文を破棄したりして、債務関係そのものを実力で解消しようとしました。このような行為を私徳政しとくせいと呼びます。

幕府側は一揆を鎮圧しようとしました。したがって「正長の土一揆が起こる → 幕府が徳政令を出す → 借金が帳消しになる」と覚えるのは正確ではありません。

幕府が徳政令を出していないのに徳政は実現したのか

正長の土一揆では、室町幕府が全国一律の徳政令を発布したわけではありません。それでも一揆勢が質物を取り戻し、証文を破棄すれば、現地では実際に貸借関係が覆されました。

また中世社会では、幕府だけが法や秩序を決めていたわけではありません。地域によっては守護や寺社などが徳政を認める場合もあり、大和では興福寺が徳政令を出しています。

つまり、幕府による全国的な徳政令がなくても、実力行使や地域権力の判断によって徳政が実現する場合がありました。この点が、幕府自身が徳政令を出す1441年の嘉吉の徳政一揆との重要な違いです。

柳生の徳政碑は何を伝えているのか

大和国に残る正長元年柳生徳政碑しょうちょうがんねんやぎゅうとくせいひには、「正長元年よりは神戸四ヶ郷に負目あるべからず」という趣旨の碑文が刻まれています。

奈良市の文化財解説では、1428年の徳政一揆によって行われた負債取り消しを民衆が記念して刻んだものとする説が現在有力とされています。ただし、碑文が実際に刻まれた時期には諸説があるため、「1428年に一揆勢がその場で刻んだ」とまでは断定しません。

資料を見る:奈良市「正長元年柳生徳政碑」

「日本初の農民一揆」と覚えてよいのか

後世にまとめられた『大乗院日記目録』には、正長の土一揆を「日本開白以来、土民蜂起これ初めなり」とする記述があります。当時の支配層にとって、それほど衝撃の大きい広域的な蜂起だったことが分かります。

ただし、民衆の集団行動そのものが1428年に初めて現れたという意味ではありません。それ以前にも荘園の百姓などによる集団的な抵抗や一揆はありました。

受験上「最初の土一揆」などと整理されることはありますが、このページでは「それ以前に例のないほど大規模・広域的な徳政一揆として強く意識された」と理解します。

正長の土一揆はその後に何を残したのか

正長の土一揆で重要なのは、一度の騒動が起きたことだけではありません。債務を負う人々が一揆という集団行動によって徳政を要求し、幕府が正式な徳政令を出さなくても各地で貸借関係を覆すことがあり得ると示しました。

その後も徳政要求を伴う一揆が繰り返され、1441年の嘉吉の徳政一揆かきつのとくせいいっきでは、幕府自身が徳政令を出すことになります。

室町幕府は有力守護との関係だけでなく、社会の下から起こる集団行動にも対応しなければならなくなりました。ここから室町時代後期の「一揆の展開と幕府権力の動揺」へ入ります。

このページで覚えたい流れ

貨幣経済・金融の発達 → 貸借関係が広がる → 飢饉・疫病などの社会不安 → 債務問題が深刻化 → 惣村など地域社会の結合+馬借など交通ネットワーク → 徳政要求が集団行動へ → 1428年 正長の土一揆 → 土倉・酒屋への実力行使と私徳政 → 幕府の全国的な徳政令なしでも各地で徳政が実現 → 徳政一揆が繰り返される → 1441年 嘉吉の徳政一揆へ

「経済が発達したから人々が豊かになった」だけで終わらせず、貨幣経済の発達が債務関係も広げ、その問題に人々が集団で対応する社会へ変化したことを押さえます。

Review

入試で押さえるポイント

  • 正長の土一揆は1428年に起こり、近江から畿内へ徳政要求が広がった
  • 背景には貨幣経済・金融の発達による債務関係の広がりと、飢饉・疫病などの社会不安があった
  • 惣村などの地域的結合と馬借などの交通ネットワークが集団行動の基盤の一つとなった
  • 徳政は債務破棄だけでなく、質物の取り戻しや土地権利の回復などを含む
  • 正長の土一揆では幕府が全国一律の正式な徳政令を出したわけではなく、私徳政や地域権力による徳政が行われた
  • 1441年の嘉吉の徳政一揆では幕府が徳政令を出した点を正長の土一揆と区別する

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0 / 5 問回答

  1. 問1

    正長の土一揆は、貨幣経済とは無関係に貧しい農民だけが高利貸しへ反発して起こした事件だった。

  2. 問2

    惣村などの地域的結合や馬借の交通ネットワークは、徳政要求が広域的な集団行動へ発展する基盤の一つとなった。

  3. 問3

    1428年には室町幕府が全国一律の徳政令を出し、それに従って正長の土一揆が始まった。

  4. 問4

    柳生徳政碑は1428年の徳政を伝える重要資料だが、碑文が実際に刻まれた時期まで1428年と断定できるわけではない。

  5. 問5

    正長の土一揆は、日本史上で民衆が集団で抵抗した最初の出来事であり、それ以前には一揆や集団行動は存在しなかった。

Timeline

関連する年表

前後の出来事とつなげて位置を確認できます。

  1. 正長の土一揆が起こる
  2. 農村で惣村が形成され自治的な結合が強まる
  3. 馬借・問丸などが陸上・水上輸送を担う
  4. 土倉・酒屋が金融業を営み幕府の重要な財源となる
  5. 明銭が大量に流入し貨幣流通が広がる
  6. 京都・堺・博多などの都市と港町が発達する

Sources

参考資料

  1. 正長元年柳生徳政碑奈良市

    柳生徳政碑の碑文、徳政一揆との関係、陰刻時期に諸説があることを確認する資料

  2. 日本中世気象災害史年表稿ビューア東京大学史料編纂所

    1428年の飢饉・疫病を伝える諸史料を確認する資料

  3. 中世の馬借とはどのような人々だったのでしょうか。特に近江坂本の馬借が起こした一揆の概要を知りたい。国立国会図書館 レファレンス協同データベース(滋賀県立図書館)

    馬借の輸送活動と、坂本の馬借が正長以前から集団行動を行っていたことを確認する資料

  4. 徳政令―なぜ借金は返さなければならないのか国立国会図書館

    中世社会における徳政と債務破棄の位置づけを確認する参考資料