国学と蘭学―なぜ18世紀の日本で新しい学問が広がったのか
一言でいうと
18世紀には、儒学だけでなく、日本の古典を原文から読み直す国学と、オランダ語を通して西洋の学術を学ぶ蘭学が発達しました。二つの学問は向いている方向こそ異なりますが、既成の説明をそのまま受け入れず、古典・外国語文献・観察など具体的な資料を手がかりに知識を組み直した点で共通します。出版や教育が広がり、幕府も実用的な知識を必要とするなかで、江戸時代の知識社会は次第に多様になっていきました。
なぜ18世紀に新しい学問が育つ余地が生まれたのか
江戸時代の学問では儒学が重要な位置を占め、とくに幕府や藩の武士教育では朱子学が大きな影響力を持ちました。一方、学問の世界が儒学だけで成り立っていたわけではありません。医学、本草学、天文学、和歌や古典研究など、多様な知識の蓄積が続いていました。
17〜18世紀には都市と出版市場が成長し、寺子屋・私塾・藩校など学びの場も広がりました。書物や知識が武士だけでなく町人や各地の知識人にも届きやすくなり、師弟関係や書物を通じた学問のネットワークが発達します。
こうした環境のなかで、日本の古典そのものを精密に読み直す国学と、オランダ語文献から西洋の知識を取り入れる蘭学が成長しました。どちらも突然生まれたのではなく、それ以前から続く古典研究・語学・医学・本草学などの蓄積の上に成立した学問です。
1720年の洋書輸入制限緩和は何を変えたのか
幕府はキリスト教禁制のため、ヨーロッパの書物の輸入を厳しく取り締まっていました。しかし8代将軍徳川吉宗は実用的な知識を取り入れる必要を認め、1720年にキリスト教に関係しない漢訳洋書などの輸入制限を緩和しました。
これによって西洋の学術書を利用できる範囲が広がり、医学・天文学・暦学などの研究を進める条件が改善しました。ただし、1720年を境に西洋書が自由に輸入できるようになったわけでも、この年に蘭学が突然始まったわけでもありません。
長崎ではそれ以前からオランダ通詞を通じて語学や医学の知識が蓄積されていました。吉宗期の緩和は、その知識が長崎の通詞だけでなく、江戸などの学者へ広がっていく重要な前提になったと理解します。
蘭学は何を、どのように学んだのか
蘭学は、オランダ語で書かれた、またはオランダ語に翻訳された西洋の書物を読み、医学・薬学・博物学・天文学・暦学・地理学などの知識を研究する学問として発達しました。日本が西洋文化を全面的に受け入れた運動ではなく、幕府の対外統制が続くなかで、利用できる窓口と書物を通して知識を選択的に学んだものです。
初期の蘭学では、オランダ語そのものを読める人が少ないことが大きな壁でした。長崎のオランダ通詞から語学を学び、辞書や既知の単語を手がかりに文章の意味を確かめる地道な翻訳作業が必要でした。
そのため蘭学の発達は、新しい知識の輸入だけでなく、外国語を学び、原文と実物・観察結果を照合する技術が育った過程でもありました。
『解体新書』はなぜ蘭学の画期になったのか
1771年、前野良沢、杉田玄白、中川淳庵らは江戸の小塚原で人体解剖を見学し、オランダ語の解剖書に描かれた図が実際の人体とよく対応していることに強い関心を持ちました。そこから解剖書の翻訳作業が本格化します。
翻訳の中心では、オランダ語能力の高かった前野良沢が重要な役割を担い、杉田玄白らが協力しました。十分な辞書もない状態から語句を検討し、1774年に『解体新書』が刊行されました。
『解体新書』の意義は、一冊の医学書が出版されたことだけではありません。オランダ語の学術書を日本語へ移し替え、観察できる人体と照合しながら知識を理解する方法が注目され、その後の蘭学者の養成や医学以外の学問分野へもつながりました。
『解体新書』は杉田玄白一人の業績ではなく、前野良沢の語学力をはじめ複数の学者の協働による翻訳事業として押さえます。
国学はなぜ日本の古典を読み直したのか
国学は、『万葉集』『古事記』『源氏物語』など日本の古典を、後世の解釈だけに頼らず、言葉の用法や古い文献を比較しながら読み直そうとした学問です。契沖や荷田春満らの研究を受け、18世紀には賀茂真淵や本居宣長によって大きく発展しました。
国学者は、古代の日本語や文学、神話・祭祀などを理解するため、後世の儒教・仏教の概念を最初から当てはめるのではなく、古典の語句そのものを丁寧に検討しました。ここには、古い言葉を資料から復元しようとする文献研究の姿勢があります。
ただし国学を『儒学を否定するための学問』だけで説明するのは不十分です。国学者も当時の漢学・文献研究の蓄積と無関係ではなく、研究対象と問題意識を日本の古典へ深く向けた点に特徴がありました。
本居宣長の『古事記伝』は何を目指したのか
本居宣長は賀茂真淵の教えを受け、『古事記』の研究を長年続けました。その成果が全44巻の『古事記伝』です。宣長は古語の意味や用例を細かく検討し、『古事記』の本文を当時の言葉の感覚に近づいて理解しようとしました。
宣長は『源氏物語』などの文学研究でも知られ、人間の感情を『もののあはれ』という言葉で捉えました。国学は政治思想だけでなく、言語・文学・古代史・神話などを横断する広い古典研究でした。
のちに国学の一部は神道論や尊王思想と結びつき、平田篤胤らを通して幕末にも影響します。ただし18世紀の国学を、最初から幕末の尊王攘夷運動と同じ政治運動として扱わないことが重要です。
国学と蘭学は何が違い、何が共通していたのか
国学は日本の古典へさかのぼり、古い言葉や文化を読み直しました。蘭学はオランダ語を通して同時代の西洋学術へ接近しました。研究対象だけを見れば、内側の古典へ向かう国学と、海外の知識へ向かう蘭学では方向が大きく異なります。
一方、両者とも既成の権威ある説明だけで結論を出さず、具体的な文献・言葉・観察を重視しました。国学では古典本文と言葉の用例を、蘭学では外国語の原文や図、実際の観察を手がかりに理解を組み立てています。
18世紀の学問の変化は、『儒学から国学・蘭学へ置き換わった』ということではありません。儒学が重要な位置を保つ一方で、研究対象と方法の異なる学問が並存し、知識の世界が広がったことに意味があります。
寛政異学の禁の後も新しい学問は続いたのか
1790年の寛政異学の禁では、幕府教育の場で朱子学を正学とする方針が強められました。しかし、国学や蘭学そのものが全国で全面禁止されたわけではありません。
19世紀に入ると、国学では平田篤胤らが活動し、蘭学では大槻玄沢らの学統から医学・語学・地理・天文学などの研究がさらに広がりました。外国船の接近が増えると、蘭学で蓄積された世界地理や科学技術の知識は海防・対外政策とも結びついていきます。
国学と蘭学の発達は、化政文化や教育の普及とともに、19世紀の社会が多様な情報を受け取り、幕末の思想・外交・技術を考えるための知識基盤をつくっていく流れへつながります。
Review
入試で押さえるポイント
- 1720年に徳川吉宗がキリスト教に関係しない洋書の輸入制限を緩和し蘭学発達の条件を広げる
- 蘭学はオランダ語を通して医学・天文学・暦学・地理学など西洋学術を研究した学問
- 1774年刊行の『解体新書』は前野良沢・杉田玄白・中川淳庵らの協働による代表的な蘭学成果
- 国学は日本の古典を古語・本文に即して研究し賀茂真淵・本居宣長らによって発展
- 本居宣長の主著『古事記伝』は『古事記』を精密に注釈した全44巻の研究
- 国学を単純な反儒学運動、蘭学を西洋文化の全面受容と理解しない
- 寛政異学の禁の後も国学・蘭学の研究は続いた
- 国学と蘭学は研究対象が異なる一方、具体的な文献・言語・観察を重視して知識を組み直した点で比較できる
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- 問1
1720年の洋書輸入制限緩和によって西洋書が全面的に自由輸入となり、その年に蘭学が突然始まった。
長崎ではそれ以前から語学・医学知識が蓄積されており、1720年の緩和はキリスト教に関係しない西洋学術を利用しやすくした重要な前提でした。
本文の該当箇所を確認する - 問2
『解体新書』は杉田玄白一人の仕事ではなく、前野良沢の語学力をはじめ複数の学者の協働による翻訳事業だった。
前野良沢・杉田玄白・中川淳庵らが協力し、オランダ語の解剖書を翻訳して1774年に刊行しました。
本文の該当箇所を確認する - 問3
国学は儒学を否定することだけを目的とした学問で、当時の漢学や文献研究とは無関係だった。
国学は日本古典を古語・本文に即して研究する点に特色がありましたが、当時の漢学・文献研究の蓄積とも無関係ではありません。
本文の該当箇所を確認する - 問4
18世紀には国学と蘭学が発達したため、儒学は重要性を失い、完全に置き換えられた。
儒学が重要な位置を保つ一方で、国学・蘭学など研究対象や方法の異なる学問が並存し、知識世界が多様化しました。
本文の該当箇所を確認する - 問5
国学と蘭学は研究対象こそ異なるが、具体的な文献・言葉・観察を重視して知識を組み直した点では比較できる。
国学は古典本文と言葉の用例、蘭学は外国語原文・図・実物観察などを手がかりに研究を進めました。
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Timeline
関連する年表
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Sources
参考資料
- オランダを通して世界をのぞく―『解体新書』の刊行と蘭学の興隆国立国会図書館
1720年の洋書輸入制限緩和と蘭学発達の基本確認
- 第1部 3. 蘭学の興隆国立国会図書館
『解体新書』の翻訳と蘭学の研究分野の確認
- 第2部 2. 蘭学者の活躍国立国会図書館
前野良沢・杉田玄白・大槻玄沢らの経歴と蘭学の展開を確認
- 第1部 第2章 第1節 国学者、儒学者国立国会図書館
本居宣長と『古事記伝』、賀茂真淵との師弟関係を確認
- 古事記傳 巻1,2国立国会図書館サーチ
『古事記伝』全44巻と宣長の研究経緯を確認
