古事記・日本書紀・風土記―律令国家はなぜ歴史と土地を記録したのか
一言でいうと
710年に平城京へ遷都した直後、712年に『古事記』が完成し、713年には諸国へ地誌の編纂が命じられ、720年には『日本書紀』が完成しました。これらは同じ目的で作られた一組の書物ではありません。しかし、律令国家が形を整えていく時期に、自分たちの過去を整理するとともに、各地の地名・産物・伝承などを文字で記録していった大きな流れの中で見ることができます。
律令国家には「記録」が必要だった
飛鳥時代には、大宝律令の制定、戸籍の整備、地方行政制度の形成などが進みました。710年には平城京へ遷都し、中央の官庁と地方の国・郡を結ぶ律令国家の運営が本格化していきます。
国家を法律や官人だけで運営することはできません。人々や土地を把握し、命令や税の情報を伝え、過去の出来事を後世へ残すためには、文字による記録が重要になります。
奈良時代初めに『古事記』『風土記』『日本書紀』が相次いで編纂された背景には、このように国家が自らの歴史や領域を文字で整理していく時代になったことがあります。
712年―『古事記』が完成する
『古事記』は、天武天皇の時代に始められた事業を、元明天皇の時代に完成させたものです。
『古事記』の序文によると、天武天皇は皇室の系譜などを記した帝紀と、神話・伝承などを伝える旧辞の内容に異同があることを問題とし、稗田阿礼にその内容を誦習させました。
その後、711年に元明天皇が太安万侶へ撰録を命じ、712年に『古事記』が献上されたと序文には記されています。
『古事記』は上・中・下の3巻からなり、天地の始まりや神々の物語から、歴代天皇の系譜・伝承、推古天皇の時代までを記しています。
ただし、『古事記』の成立事情について私たちが知る重要な根拠そのものが『古事記』序文です。その記述をそのまま同時代の客観的な記録と考えるのではなく、成立目的や編纂過程には研究上の議論があることも押さえておきます。
資料で見る:奈良県立万葉文化館 万葉百科「古事記」
713年―各地に「風土記」の編纂を命じる
713年、元明天皇の政府は諸国に対し、それぞれの土地について報告するよう命じました。後に風土記と呼ばれる地誌につながる編纂事業です。
求められた内容には、郡や郷の地名を適切な漢字で表すこと、その土地で産出する鉱物・植物・動物など、土地の肥沃さ、山・川・原野などの名称とその由来、古老が伝える古い伝承などが含まれていました。
つまり風土記は単なる「地方の昔話集」ではありません。地名・資源・土地・地理・伝承を国ごとに調べ、中央政府へ報告する地誌という性格を持っていました。
なぜ土地の伝承まで記録したのか
現在の行政資料なら、人口や面積、産業などの数字を集めることを想像するかもしれません。しかし古代の人々にとって、地名の由来や土地に伝わる神話・伝承も、その土地を理解する重要な情報でした。
風土記を見ると、中央政府が地方の情報を収集していたことが分かる一方、各地に伝わっていた独自の神話や伝承も残されています。
そのため風土記は、律令国家が地方をどのように把握しようとしたのかを知る資料であると同時に、中央の史書だけでは分からない地域社会の姿を知る手がかりにもなっています。
現在まとまった形で伝わるのは、出雲・常陸・播磨・豊後・肥前の5か国の風土記で、このうち『出雲国風土記』がほぼ完全な形で残っています。
720年―『日本書紀』が完成する
720年、元正天皇の時代に『日本書紀』が完成しました。編纂の中心となったのが、天武天皇の皇子である舎人親王です。
『日本書紀』は全30巻で、神々の時代から持統天皇までの歴史を、基本的に年代順に記した編年体の歴史書です。
文章は当時の東アジアで公的な文書に用いられた漢文で書かれ、中国の歴史書の形式を強く意識しています。
『日本書紀』は天皇の命によって編纂された日本最初の勅撰国史で、のちに続く『続日本紀』などと合わせて「六国史」と呼ばれる一連の正史の最初に位置づけられます。
資料で見る:国立公文書館「日本書紀」
『古事記』と『日本書紀』は何が違うのか
『古事記』と『日本書紀』は合わせて記紀と呼ばれます。どちらにも神話や歴代天皇についての記述があり、内容が重なる部分も多くあります。しかし、同じ本を二度作ったわけではありません。
『古事記』は、帝紀・旧辞をもとに神話・伝承や皇統の系譜をまとめ、日本語の表現や歌謡なども多く残しています。一方、『日本書紀』は中国の歴史書にならった漢文・編年体の国史として編纂され、多数の史料を利用しています。
『日本書紀』には、成立直後から宮中で講義された記録もあり、律令国家の公式な歴史認識を示す史書として扱われました。東アジアの歴史書の形式を採用していることから、国際関係の中で「日本」の歴史を示す意味も考えられています。
一方、『古事記』については、誰に読ませるために作られたのかを含め、成立目的には現在も議論があります。したがって、「『古事記』=国内向け、『日本書紀』=外国向け」と完全に二分して覚えるのは避けた方がよいでしょう。
『古事記』と『日本書紀』は内容が重なっていても、成立事情や史書としての性格まで同じとは考えないことが重要です。
神話はそのまま歴史的事実なのか
『古事記』『日本書紀』『風土記』には、多くの神話や伝承が記されています。これらを「書いてあるから実際に起こった出来事」としてそのまま史実にすることはできません。
しかし、だから歴史資料として価値がないわけでもありません。どのような神話や系譜を国家が記録したのか、各地域がどのような土地の由来を語っていたのかを調べることで、当時の国家・社会・地域が自分たちの過去をどのように理解していたのかを考えることができます。
同じ神話でも『古事記』と『日本書紀』で内容が異なる場合があり、風土記にはさらに地域独自の伝承が残ることもあります。「一つの正しい昔話が残された」のではなく、複数の伝承が存在していたことを見るのが重要です。
歴史と土地を記録することも国家形成だった
飛鳥時代には、律令、戸籍、地方行政、都城など、国家を動かす制度が整えられてきました。
奈良時代に入ると、それに加えて「自分たちはどのような過去を持つ国家なのか」「各地にはどのような土地・産物・伝承があるのか」という情報も文字で整理されていきます。
『古事記』『日本書紀』『風土記』は性格の異なる史料ですが、これらが奈良時代初めに相次いで編纂されたことからは、律令国家が制度だけでなく、歴史・地理・伝承を記録する仕組みも整えていったことを見ることができます。
このページで覚えたい流れ
飛鳥時代に律令・戸籍・地方行政などを整備する → 710年、平城京へ遷都する → 712年、太安万侶が『古事記』を完成する → 713年、諸国に地誌の編纂を命じる → 地名・産物・土地・伝承などを記録する → 720年、舎人親王らが『日本書紀』を完成する → 国家の歴史と各地の情報が文字によって整理されていく
奈良時代の律令国家は、法律を作り都を建設しただけではありません。「自分たちはどのような歴史を持つのか」「支配する各地には何があるのか」を記録し、国家と地域を文字によって把握していった時代として理解すると、『古事記』『日本書紀』『風土記』の関係がつかみやすくなります。
Review
入試で押さえるポイント
- 712年『古事記』―稗田阿礼が誦習した帝紀・旧辞などをもとに、元明天皇の命を受けた太安万侶が撰録した
- 713年、諸国に地名・産物・土地の状態・地名の由来・伝承などを報告させる地誌編纂が命じられた
- 720年『日本書紀』―舎人親王らが編纂した日本最初の勅撰国史で、漢文・編年体で書かれた
- 『古事記』と『日本書紀』は合わせて記紀と呼ばれるが、成立事情や史書としての性格まで同じではない
- 神話・伝承をそのまま史実と考えず、国家や地域が過去をどのように記録したのかを示す史料として見る
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0 / 5 問回答
- 問1
『古事記』の成立事情を知る重要な根拠には、『古事記』自身の序文がある。
『古事記』序文は、天武天皇による帝紀・旧辞の整理、稗田阿礼の誦習、元明天皇による太安万侶への撰録命令などを伝える重要な史料です。ただし、その記述を無条件に客観的記録とみなすのではなく、成立目的や編纂過程には議論があります。
本文の該当箇所を確認する - 問2
風土記は、地方に伝わる神話や昔話だけを集めるために編纂された。
713年の地誌編纂では、伝承だけでなく地名・産物・土地の状態・山川などの情報も求められました。風土記は中央政府が各地を把握するための地誌という性格を持ちます。
本文の該当箇所を確認する - 問3
『日本書紀』は全30巻からなり、漢文を用いて歴史を基本的に年代順に記した編年体の史書である。
720年に完成した『日本書紀』は、舎人親王らが編纂した勅撰国史で、全30巻・漢文・編年体という特徴を持ちます。
本文の該当箇所を確認する - 問4
『古事記』は国内向け、『日本書紀』は外国向けという目的で作られたことが、史料から明確に確定している。
両書の性格には違いがありますが、『古事記』の成立目的には現在も議論があります。「国内向け/外国向け」と完全に二分して確定事項として覚えるのは適切ではありません。
本文の該当箇所を確認する - 問5
『古事記』『日本書紀』『風土記』に記された神話や伝承は、書物に記録された以上、そのまま歴史的事実として扱える。
神話や伝承をそのまま史実とすることはできません。一方で、国家や地域が自らの過去をどのように理解し記録したかを考える史料として重要です。
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Timeline
関連する年表
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Sources
参考資料
- 古事記奈良県立万葉文化館 万葉百科
712年の成立、稗田阿礼・太安万侶、帝紀・旧辞、全3巻の構成を参照。
- 日本書紀国立公文書館
720年の成立、舎人親王、全30巻、漢文・編年体、利用史料について参照。
- 古事記は誰のために作られたもの?―古事記の成り立ちを知る―國學院大學
『古事記』の成立過程と成立目的に複数の見方があること、『日本書紀』との性格の違いを参照。
- なぜ『日本書紀』は日本を名乗るのか國學院大學
『日本書紀』の漢文・編年体という形式と、律令国家形成・東アジア関係との接続を参照。
- 出雲国風土記研究の歩み島根大学
風土記編纂と『出雲国風土記』研究の基礎情報を参照。
