院政期の文化と絵巻物―国風文化のあと文化はどう変わったのか
一言でいうと
12世紀の院政期には、国風文化の時代に発達した仮名文学ややまと絵の伝統を受け継ぎながら、物語を文章と絵で連続的に表現する絵巻物が大きく発達しました。『源氏物語絵巻』のような宮廷世界だけでなく、寺社縁起・歴史事件・庶民生活・宗教的な苦しみなどへ題材が広がり、後白河院が愛好した今様や『梁塵秘抄』からも宮廷文化と宮廷外の文化の接点が見えます。院政期文化は国風文化が消えたのではなく、その表現を受け継ぎながら題材と表現世界が広がった文化として理解します。
国風文化は11世紀で終わったのか
終わったわけではありません。10〜11世紀の国風文化では、仮名文字を使った文学や和歌、『源氏物語』『枕草子』、やまと絵などが発達しました。12世紀になると、それまでに蓄積された物語文学・仮名・やまと絵が組み合わされ、新しい表現として絵巻物が発展していきます。
例えば『源氏物語』は11世紀初めの作品ですが、『源氏物語絵巻』が制作されたのは12世紀です。国風文化で物語文学・やまと絵が発達する → それを文章と絵で組み合わせる → 12世紀に絵巻物が大きく発達する、という連続性があります。
絵巻物とは何なのか
絵巻物は、紙や絹を横長につないで巻物にし、文章と絵を使って物語や出来事を表現したものです。見る人は右から左へ少しずつ開き、見終えた部分を巻き取りながら進みます。
そのため、巻く → 開く → 新しい場面が現れる → また巻く、という鑑賞者自身の動作によって物語が進みます。一つの絵の中に時間の流れを連続して描いたり、詞書と絵を交互に置いたりするなど、巻物という形式を利用した物語表現が発達しました。
なぜ12世紀に絵巻物が発達したのか
絵と文章を組み合わせた巻物は奈良時代にも存在しましたが、12世紀には平安時代を通して発達したやまと絵、仮名文学、物語、寺社縁起などが豊かに蓄積されていました。
また院政期には上皇や有力貴族、寺院などが美術制作の重要な担い手となり、宮廷物語・寺社説話・歴史事件・仏教世界・人々の日常生活など多様な内容が絵巻として描かれるようになりました。
『四大絵巻』とは何か
平安時代後期の代表的な絵巻として、現在よく『四大絵巻』と呼ばれる『源氏物語絵巻』『信貴山縁起絵巻』『伴大納言絵巻』『鳥獣人物戯画』があります。
ただし当時の人々がこの四作品を一組として呼んでいたわけではありません。後世、12世紀絵巻を代表する名作としてまとめて呼ばれるようになったもので、作品ごとに題材や表現方法は大きく異なります。
『源氏物語絵巻』は何を描いたのか
『源氏物語絵巻』は紫式部の『源氏物語』を絵画化した12世紀の作品で、現存する『源氏物語』絵画の代表例です。紫式部自身が描いたものではなく、『源氏物語』成立から約100年後に制作されました。
登場人物の大きな身振りよりも、座る位置、顔の向き、人物同士の距離、室内の仕切り、色彩などを使って、物語の繊細な心理や人間関係を表現している点が特徴です。
『吹抜屋台』と『引目鉤鼻』とは何か
『源氏物語絵巻』で有名なのが吹抜屋台です。建物の屋根や天井を取り払ったような視点で室内を上から描き、人物の位置関係を一度に見せます。
人物の顔では、目を細い線、鼻を鉤形の線で表す引目鉤鼻が有名です。顔だけでなく、姿勢・配置・衣服・室内空間などを組み合わせて心理を表現していることが重要です。
『女絵』『男絵』はどう理解するのか
教科書では『源氏物語絵巻』を女絵の代表として学ぶことがあります。女絵は宮廷生活や恋愛を題材とし、豊かな彩色と人物心理の表現を特徴として説明されます。
一方、動きのある人物や事件・説話を描く作品を男絵と整理することがあります。ただし女絵=女性が描いた絵、男絵=男性が描いた絵ではなく、題材や表現の傾向を学習上整理する分類です。
『信貴山縁起絵巻』は何が違うのか
『信貴山縁起絵巻』は信貴山で修行した僧・命蓮をめぐる説話を描いた絵巻です。人物が走る、人々が驚く、物が空を飛ぶなど、動きのある場面が長い画面の中で連続的に展開します。
貴族の室内だけでなく、山・道・村・庶民なども描かれるため、当時の社会や生活を見る史料としても興味深い作品です。
絵巻では時間をどう表したのか
絵巻では一本の長い紙の上に物語を描くため、同じ人物が一つの画面の中に何度も登場することがあります。これは同じ人を誤って複数描いたのではありません。
ここを歩く → 次の場所へ移動する → 別の人物に会う、という異なる時間を横方向へ連続して置くことで、空間の移動と同時に時間の経過も表現しました。
『伴大納言絵巻』は何を描いたのか
『伴大納言絵巻』は866年の応天門の変を題材とする12世紀後半の絵巻です。燃え上がる応天門だけでなく、火事を見て集まる多数の人々が生き生きと描かれています。
人々が炎を見る、逃げる、指をさす、走る、話し合うといった異なる反応を描き、歴史事件を文章で説明するだけでなく、事件の現場そのものを視覚的な物語として表現しています。
『鳥獣人物戯画』は『日本最古の漫画』なのか
『鳥獣人物戯画』は高山寺に伝わる甲・乙・丙・丁の四巻からなる絵巻で、特に兎・蛙・猿などを擬人化した甲巻が有名です。甲・乙巻は12世紀、丙・丁巻は13世紀に制作されたとされ、四巻が同じ作者によって同時に完成した作品ではありません。
『日本最古の漫画』と紹介されることがありますが、現代漫画へ直接つながる一本の系譜が証明されているわけではありません。動き・ユーモア・擬人化を楽しめる絵画表現として理解します。
なぜ絵巻には貴族以外の人々も多く描かれるのか
院政期の絵巻には、宮廷貴族だけでなく僧侶、庶民、子ども、警備の人々など多様な人物が登場します。さらに地獄草紙・餓鬼草紙・病草紙などでは、地獄、飢え、病気、身体の苦痛まで題材となりました。
これは貴族文化が突然庶民文化へ交代したという意味ではありません。制作を支えたのは依然として院・貴族・寺院など有力者でしたが、描かれる世界は宮廷内部だけに限られなくなっていきました。
後白河院は文化でも重要なのか
政治史で学んだ後白河院は、文化史では絵巻や歌謡にも強い関心を持った人物として現れます。院政とは政治制度だけではなく、上皇の御所や寺院を中心に新たな文化活動が展開する時代でもありました。
後白河院の周辺では絵巻制作が行われ、年中行事を描く絵巻なども院政期文化の重要な成果となりました。
今様と『梁塵秘抄』とは何か
後白河院が特に熱中したのが今様です。今様は文字どおり『今風』という意味で、平安時代後期に流行した、声に出して歌われる歌謡でした。
後白河院が今様を集めた歌謡集が梁塵秘抄です。歌の内容には仏教・神祇信仰、遊び、恋愛、人々の日常など多様な世界が現れ、宮廷文化と芸能者・都市社会などの接点を示します。
院政期文化は『庶民文化』になったのか
そこまで単純ではありません。絵巻の制作には高価な材料と高度な技術が必要で、多くの場合は院・貴族・寺社などの有力者が制作を支えています。
一方で、文化が扱う内容には庶民、僧侶、芸能者、地方社会、歴史事件、病気、地獄、動物など幅広い世界が登場しました。宮廷を中心とした文化が社会のさまざまな世界を取り込みながら表現範囲を広げたと理解します。
国風文化との違いは何なのか
国風文化との間には断絶より連続があります。国風文化では仮名・和歌・物語文学・やまと絵が発達し、院政期にはその蓄積を利用して物語文学+やまと絵 → 絵巻物という表現が大きく発展しました。
さらに題材は宮廷生活だけでなく寺社説話、歴史事件、庶民の日常、宗教的な苦しみ、動物の戯画へ広がり、今様の流行からは文字で読む宮廷文学とは異なる声で歌われる文化の広がりも見えます。
このページで覚えたい流れ
10〜11世紀、国風文化が発達する → 仮名文学・物語・やまと絵が成熟する → 12世紀、院政期へ → 絵巻物が発達する → 『源氏物語絵巻』が宮廷社会と人物心理を描く → 『信貴山縁起絵巻』が寺院説話を動きのある連続画面で描く → 『伴大納言絵巻』が応天門の変と群衆を描く → 『鳥獣人物戯画』が墨線と擬人化された動物を描く → 地獄草紙・餓鬼草紙・病草紙などにも題材が広がる → 後白河院が今様を愛好する → 『梁塵秘抄』に今様をまとめる → 宮廷文化と寺社・芸能・都市社会の接点が広がる → 鎌倉時代の多様な絵巻文化へ続く
Review
入試で押さえるポイント
- 12世紀の院政期には、国風文化で発達したやまと絵・仮名文学・物語の伝統を背景として絵巻物が発達した
- 代表的な四大絵巻は『源氏物語絵巻』『信貴山縁起絵巻』『伴大納言絵巻』『鳥獣人物戯画』
- 『源氏物語絵巻』では吹抜屋台・引目鉤鼻が有名で、宮廷社会の人物心理を巧みに表現した
- 『信貴山縁起絵巻』は寺院説話、『伴大納言絵巻』は応天門の変を題材とし、動きのある人物・群衆などを描いた
- 『鳥獣人物戯画』は甲・乙巻が平安時代、丙・丁巻が鎌倉時代であり、四巻すべてを同時期・同作者の作品としない
- 後白河院は今様を愛好し、歌謡集『梁塵秘抄』を編纂した。院政期文化は貴族文化から庶民文化へ完全交代したのではなく、宮廷を中心とする文化が題材や社会的接点を広げたと理解する
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- 問1
院政期文化は国風文化を捨てて成立したのではなく、仮名文学・物語・やまと絵の蓄積を受け継いで絵巻物などを発達させた。
12世紀の絵巻物は、国風文化期に成熟した物語文学・仮名・やまと絵を組み合わせた表現として発展しました。
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『四大絵巻』という呼び方は、12世紀当時の人々が四作品を一組として定めた名称である。
『四大絵巻』は後世に代表作をまとめて呼ぶ名称です。作品ごとに題材や表現方法も異なります。
本文の該当箇所を確認する - 問3
女絵と男絵の区別は、女性が描いた絵か男性が描いた絵かを示す分類である。
女絵・男絵は題材や表現傾向を学習上整理する分類で、作者の性別をそのまま示すものではありません。
本文の該当箇所を確認する - 問4
『鳥獣人物戯画』四巻は、すべて12世紀に同じ作者が一度に制作した作品である。
甲・乙巻は12世紀、丙・丁巻は13世紀の制作とされ、四巻すべてが同時期・同作者の作品ではありません。
本文の該当箇所を確認する - 問5
院政期文化では有力者による制作支援が続く一方、絵巻や今様が扱う題材や社会的接点は宮廷外へ大きく広がった。
院・貴族・寺社が文化制作を支え続けましたが、庶民生活、寺社説話、病気、地獄、芸能など幅広い世界が表現されるようになりました。
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Timeline
関連する年表
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Sources
参考資料
- やまと絵-受け継がれる王朝の美-東京国立博物館
院政期の絵巻物とやまと絵の展開を確認するために参照。
- 源氏物語絵巻京都国立博物館
『源氏物語絵巻』の位置づけと表現を確認するために参照。
- 鳥獣戯画―京都 高山寺の至宝―東京国立博物館
鳥獣人物戯画各巻の制作時期と作品構成を確認するために参照。
- 梁塵秘抄国立国会図書館 NDLサーチ
後白河院と今様・『梁塵秘抄』の基本情報確認に参照。
