2024年衆院選と少数与党―石破政権下で国会政治はなぜ与野党協議型へ変わったのか
一言でいうと
2024年10月の衆議院議員総選挙で、自民党と公明党は合わせても衆議院の過半数を確保できませんでした。第2次石破内閣は少数与党として発足し、政府・与党だけでは予算案や法律案を衆議院で安定的に成立させられない状況となりました。そのため、国民民主党や日本維新の会など野党の提案を政策協議へ取り込み、案件ごとに賛成を得る国会運営の比重が高まりました。この変化は、与党と野党が一体化したことを意味しません。2024年度補正予算、税制、2025年度予算などで協議相手や合意内容は異なり、野党側も賛否を案件ごとに判断しました。2025年7月の参議院選挙では自民・公明両党が参議院でも過半数を失い、石破政権期の少数与党政治は、次の連立再編へつながる段階となりました。
岸田政権から石破政権へ、なぜ衆院選が転機になったのか
自民党派閥の政治資金問題を受けて政治不信が強まるなか、岸田文雄首相は2024年8月14日、自民党総裁選への不出馬を表明しました。9月27日の総裁選で石破茂が自民党総裁に選ばれ、10月1日に石破内閣が発足しました。
石破首相は衆議院を解散し、10月27日に総選挙が行われました。結果は自民党・公明党の合計で過半数割れとなり、2012年の政権復帰後に続いてきた『与党だけで衆議院の過半数を持つ』国会運営が崩れました。政治資金問題だけを唯一の原因とするのではなく、選挙結果によって議席構成そのものが変わったことが重要です。
少数与党になると、国会運営は何が変わるのか
衆議院で過半数を持つ与党は、党内調整を終えれば、多くの法案や予算案を自らの議席で可決しやすくなります。ところが2024年衆院選後の自民・公明両党は、衆議院で過半数に届きませんでした。予算や重要法案を成立させるには、野党の一部から賛成を得るか、野党案を受け入れて修正する必要が生じました。
11月11日に成立した第2次石破内閣は、この議席構成のもとで発足しました。石破首相は、法案や予算の取りまとめに際して他党の意見を丁寧に聞き、幅広い合意形成を図る方針を示しました。少数与党は制度として新しい内閣類型が創設されたわけではなく、選挙後の議席配分によって政権が国会多数を持たない状態を指します。
少数与党では、政府・与党が政策を決めるだけでなく、法案・予算を成立させるための与野党協議そのものが政権運営の重要な一部になります。
実際に、どのような与野党協議が行われたのか
2024年末の臨時国会では、補正予算が一部野党の賛成を得て成立しました。また、国民民主党が掲げた、いわゆる『年収103万円の壁』の見直しについても、自民・公明両党との政党間協議が進められました。与党が野党の政策要求を検討しなければ国会多数を確保しにくい状況が、具体的な政策協議として現れました。
2025年度予算では、自民・公明両党と日本維新の会が高校授業料支援の拡充や社会保障改革などについて合意しました。衆議院では3月4日、政府提出予算が修正されたうえで、自民党・日本維新の会・公明党などの賛成により可決されました。政府提出の当初予算が衆議院で修正されること自体が、少数与党下で政策協議の重みが増したことを示しています。
ただし、国民民主党と日本維新の会が常に同じ立場を取ったわけではなく、立憲民主党などを含む各党も案件ごとに対応が異なりました。『野党が政権に協力するようになった』と一括するのではなく、政策ごとの部分的な合意として理解する必要があります。
2025年参院選は、少数与党政治をどう深めたのか
2025年7月20日の参議院議員通常選挙では、自民党と公明党が参議院でも過半数を失いました。衆議院だけでなく参議院でも与党が単独では多数を確保できない状況となり、法案審議や政策実現にはさらに幅広い政党間調整が必要になりました。
この結果は、石破政権期の与野党協議型政治をさらに不安定な段階へ進めました。一方で、少数与党化そのものが特定の政策内容を自動的に決めるわけではありません。どの野党と、どの政策で合意するかによって結果が変わるため、国会運営は案件ごとの交渉に左右されるようになりました。
この時期の国会政治は、何が変わったと考えればよいのか
第一に、与党の事前調整だけで政策を成立させることが難しくなり、野党の政策提案が予算や税制などの具体的な制度設計へ入り込む余地が大きくなりました。
第二に、野党側にも選択が生まれました。政権入りしなくても、特定政策で賛成する代わりに自党の要求を実現させることが可能になり、政党間の距離は『与党か野党か』だけでは測れなくなりました。
ただし、この協議型政治が長期的に定着したと断定することはできません。2025年後半には自公連立そのものが解消され、別の連立へ再編されます。石破政権下の少数与党政治は、2024年衆院選から次の政党再編へ至る過渡期として押さえるのが適切です。
流れを整理すると
2024年8月 岸田首相が自民党総裁選不出馬を表明 → 9月 石破茂が自民党総裁に選出 → 10月 石破内閣発足・衆院選で自公過半数割れ → 11月 少数与党の第2次石破内閣発足 → 2024年末〜2025年 与野党の政策協議を通じて補正予算・税制・当初予算を調整 → 2025年7月 参院選でも自公が過半数を失う
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入試で押さえるポイント
- 2024年10月の衆院選で自民・公明両党が衆議院の過半数を失い、第2次石破内閣は少数与党として発足した
- 少数与党は新しい制度ではなく、政権与党が議院の過半数を持たない議席状況を指す
- 2024年度補正予算や2025年度予算では、政府・与党が野党の一部と政策協議を行い、案件ごとに賛成を確保した
- 2025年度当初予算は自公と日本維新の会の政策合意を経て衆議院で修正議決された
- 2025年参院選では自民・公明両党が参議院でも過半数を失い、政党間協議の必要性がさらに高まった
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『少数与党』とは、憲法や国会法で新設された特別な内閣類型であり、通常の内閣とは法的地位が異なる。
少数与党は、政権与党が議院の過半数を持たない議席状況を表す呼び方で、新しい法的な内閣類型ではありません。
本文の該当箇所を確認する - 問2
2024年衆院選後の石破政権では、予算や重要法案を成立させるため、野党の一部から案件ごとに賛成を得る必要性が高まった。
自民・公明が衆議院で過半数を失ったため、政府・与党は政策ごとに野党と協議し、必要な賛成を確保する国会運営を行いました。
本文の該当箇所を確認する - 問3
少数与党化の後、国民民主党、日本維新の会、立憲民主党などの野党は、すべての法案・予算で同じ立場を取り、常に一体として政府に協力した。
各党の対応は政策ごとに異なり、与党との合意も部分的でした。野党を一つの協力勢力としてまとめるのは不正確です。
本文の該当箇所を確認する - 問4
2025年度当初予算では、与党と日本維新の会などの政策協議を経て、政府提出予算が衆議院で修正された。
少数与党下では、野党の政策要求を取り入れながら予算を修正して賛成を確保する協議が重要になりました。
本文の該当箇所を確認する - 問5
2025年参院選で自民・公明が参議院の過半数を失っても、衆議院では与党が安定多数を持っていたため、政党間協議の必要性は小さくなった。
衆議院に続き参議院でも与党が多数を持たない状況となり、法案審議や政策実現にはさらに幅広い調整が必要になりました。
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